エッセイ~エクスキューズミー神様
何故?というしかない。
おなじ夢を繰り返し見る。
トラウマなどこころの傷が元になる夢ならばわかる。
だがわたしがことあるごとに見る夢は、
風変わりだ。
それはどんな夢の舞台でも
開放的、冒険的な気分の夢になった時に
目指す場所がある。
それは理想郷でもなんでもない、
学生時代住んでいた下板橋の近くにあった、
99円ショップを夢の中で目指すのだ。
もう東京には行かないし、
下板橋のあの店がどうなってるかも知らない。
でも夢の中で電車に乗ると隣の駅は下板橋駅で、
せっかくここまで来たのだから99円ショップに寄っていこうという夢。
それを何度も何度も見るのだ。
そして夢の中でわたしの住んでいたアパートを通りすぎて、
ものの5分ぐらいで着く店には
必ずといっていい程
たどり着かないのだ。
夢の中で住宅街を自転車で進むと必ず迷路に入り込み、
来たこともない、
行ったこともない場所で右往左往する。
夢の中ではあの店を飢えるように求めているのにだ。
突然行く先が暗闇になって進めなくなったり、
突然、巨大な運河が広がり
行く手を阻む。
それは戻れない過去という
見えない壁にあたっているからかもしれない。
とにかく、どうしてもあの99円ショップに行きたいのに
たどり着けない。
当時、わたしは貧乏暮しをしていた。
近所にスーパーはあったが
値段が高く、
開店したばかりの踏み切りを越えた99円ショップが
とても目新しく、とても楽しかったことを覚えている。
パスタも99円だし、ツナ缶も、生活用品から食品まで
すべて99円のスーパーは貧乏なわたしにとっては
夢の場所だった。
主食はパスタでコンビーフと合わせたり、
色々な缶詰めを具材にして
スープパスタにしたり。
工夫を重ねて飢えをしのいでいた。
友達と一緒に行った記憶はない。
常にひとりだった。
自分の食べる分だけを買い、
それをアパートで料理する。
それが楽しく学生生活の中で一番自由できままな一時だった 。
学校にはほとんど行かず。
家ではギターを弾き、映画を観て、漫画を読み、小説を読んだ。
孤独でいることが苦にならなかった。
過去に辛いことも沢山あった。
だが夢の中でかみさまが
わたしをつかの間の自由にさせてくれると、
わたしはまたオンボロ自転車に乗って性懲りもなく、
99円ショップを目指すのだ。
この夢は年に何十回と見る。
そして夢から目覚めると、
東京が懐かしくなり。
下板橋にでもふらりとまた行ってみようかと思うのだ。
しかし、
おそらくもうあの店はないだろう。
かみさまがわたしに授けてくれる夢の中の自由時間。
そこでも目的地には着かない。
現実の世界でももう行く気もしない。
わたしとはもう関わりのない場所なのだ。
そう言えば、当時独りで池袋の街を当て所なく徘徊していた。
朝に昼に夜に。
職務質問にあうことも多々あった。
99円ショップだけでなく。
早朝の松屋、オリジン弁当、サンシャインシティ、ジュンク堂書店、ドン・キホーテ。
池袋を歩き回り。
ひたすら歩き回り。
街の隅から隅まで歩いた。
でももうあれから二十年。もう、別の街になっているに違いない。
憧れの東京
池袋
かみさまは何度も何度も
同じ夢を見させる。
そして淡い期待や希望。
また罪悪感をわたしに授けるのだ。
それは西口から池袋本町のデニーズに向かって歩いている時だった。
当時風俗などの呼び込みが多く、
わたしは中年の男性に声をかけられると無視をしていた。
それは99円ショップにまた寄って買い物をして帰ろうとしていた時のことだった。
独りの白髪の老人が、
「あんちゃんさ、この道さ…」とまるで友達に話しかけるかのように
地図片手にわたしにぐっと近寄って来たのだ。
わたしは一瞥すると、
返事をすることなく
シカトして行き過ぎた。
どうせまた呼び込みだろう。
しかし、
離れても離れても
「あんちゃんさ、この道さ!」と大声を出している老人の声を背後に
思った。
きっとこのひとも地方から出てきて道に迷ったに違いないと。
本当に助けを求めていたのだ。
後から押し寄せる罪悪感。
ひとには騙されまいとする念一心でひとを無視するわたし。
ある時は外国人の親子に
「エクスキューズミー」と三越に行きたいと、片言の日本語で話し掛けられたこともあったが、
それも英語の話せないわたしは聞こえないふりをして
過ぎ去った。
幼い金髪の少年はわたしに向かって
「エクスキューズミー!!」と叫んでいた。
わたしはなんてつれないこころの弱い、冷たい人間なのかと今にして改めて思う。
ひとに対してこころを開けないのだ。
これ程ひとが多くいる東京で。
そして、
つれなくしてしまった
彼らのことは
到着できない99円ショップの夢を見たときに、
改めて懐かしさと慚愧の念と共に思い出すのだ。
わたしが何故夢の中であの99円ショップにたどり着かないか?
それは時を経ているからでもあるだろう。
もう別の世界、別の街にいるからかもしれない。
だが、何度も何度も喉から手が出るほど
行きたい場所に行けないのは。
あの地図を持った老人や。
三越に行きたかった外国人の親子。
エクスキューズミーと叫んでいた少年の声に
振り向かなかったからではないのか。
夢の中であの店の前に運河が広がっている。
とても渡れないほどの。
いつも東京で迷路にはまりこんでいる。
「エクスキューズミー!」と神様に頼んでも
わたしがしたように、
神様はわたしを99円ショップまで案内してくれないのだ。
懐かしさと慚愧の念で目覚め、
大したことじゃない
安い店はもっと他にあると
言い聞かせているのだが、
若かりし頃に抱いていた冷たさが、
今のわたしのこころにすきま風を送る。
届かない99円ショップ。
着かない99円ショップ。
戻れない99円ショップ。
神様もどうやれば夢の中で99円ショップで
買い物ができるかわたしにはもう、教えてくれない。
繰り返し繰り返し見る夢。
エクスキューズミーっっっ!!
叫ぶわたしに振り返る
者はいない。