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Photo by
inagakijunya
紙或いは林檎の落下
昨日落とした紙幣
運を悪くすれば
誰かに拾われ拐われていく
運が良ければ
持ち主が誰か探そうとしてくれるはず
財布もない裸の紙幣
まるで一枚の紙切れ
一枚の紙切れは
昨日かんだ鼻をつけ地面にいる
あるいは口紅をつけて
真っ赤に染まり下を向き
香水かもしれない
オレンジのようなにおいをさせ
従順に地にそのにおいをかがせている
一枚のレシート
食材を買った、飲み物を買った
文房具を買った
記録が残る一枚の紙切れ
誰もその持ち主を
探そうとはしてくれない
何が書かれているかすらも
読まれることなく
風に舞い雨にうたれ
アイシャドーを落とすように
紙はうす黒く染まっていく
誰か
誰か
誰かの物であったわたしたち
必ずそれを生んだ
落とした者がいる
しかしたとえそれが
一枚の記念の写真だったとしても
そこに写り混む風景を
見てもらえない
アザレアが競い合うように
咲いていても
トパーズやサファイアの原石を
写し出していたとしても
そこに真実の断片
記録の事実を写り出していたとしても
真理の言葉が書かれていたとしても
わたしたちは気づかない
誰もその持ち主を探し出してはくれない
落とし子
永遠の迷子
静寂は死を招きいれる
長い手をもってして
長い沈黙の中で数本の手が
わたしを招く
帰っておいでと
持ち主を探すことを諦めた
紙切れは
次第に強ばり
縮んで行く
永遠の迷子
堕ちた瞬間これほどまでに
持ち主から遠く隔ててしまうとは
想像だにしなかった
林檎
魂は歩くことより
転がることを選んだ