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【音食同源】 第30回:バナナブレッドとアークティック・モンキーズ「I Bet You Look Good on the Dancefloor」

以前も同じことを書いたことがあるのですが、部屋で仕事をしていると、さまざまな誘惑があります。振り返ればすぐそこにあるベッド、目の前のテレビ。そしてパソコンという最大のおもちゃによる誘惑。ついつい、余計なことが気になり、ネットで検索しだしたら最後、底なし沼にハマり、まったく仕事が進みません。

そんなときは、家を出て仕事をするしかありません。幸い、東京に住んでいるとどこにでも電源を使えそうな店はあります。私が住んでいる世田谷区の周囲にもたくさんあります。しかし、家からわずか5分程度にも関わらず、最近めっきり下北沢のサブカル感が苦手になってしまい、家を出ても下北方面にはまったくいかなくなってしまいました。行くのはもっぱら徒歩1分ほどの場所にある「ストリーマーカフェ」です。本来は、こんな洒落たカフェに行くのは田舎者としては気が引けるのですが、近くにあった「らくだ珈琲」が閉店してしまったことで通っているのです。

先日、ストリーマーラテ一杯で粘って仕事をしていたところ、この日の店員さんの好みなのか、いつもはわりと静か目な店内BGMが、結構な爆音でかかっていました。ジャンルは割とパワーポップやエモっぽい感じ。正直、「うるさいな……」と思ったのですが、こちらはイヤフォンをして文字起こしをしていたので、レコーダーの音量を大きくしてしのぎました。ところが、それを上回るほどの音量で次の曲が流れ出しました。その曲はアークティック・モンキーズの代表曲「I Bet You Look Good on the Dancefloor」でした。

“デデッデデッ”という独特の太くて重い、それでいてゾクっとする鋭さを持ったギターリフを、じつに久しぶりに聴き、思わずイヤフォンを外し、店内のスピーカーに耳を澄ませました。早口ぎみにまくしたてるボーカル、生き急ぐような演奏。なんとカッコイイ曲でしょう。カッコイイのにシンガロングはできない、というツンデレなところがまたイイではありませんか。やっぱりいいなあ~、この曲!と思いつつ周りを見ると、午前11時ころに私が入店したときより、明らかにお客さんが増え、中央のテーブルは満席の様子。そして、私はすでにラテ一杯でかれこれ5時間カウンター席に居座っています。なんとなく、店員さんがこちらを見ている気がしました。

Stop making the eyes at me
I'll stop making my eyes at you
What it is that surprises me is that I don't really want you to

俺を見るなよ 俺ももうお前を見ないから
驚いたのは、本当はお前には見ていてほしいって思っていること

曲の対訳を見ると、まさに現在の店員さんと私の関係が歌われているではありませんか。本当はお前には見てほしいって、どういうことなのでしょう。そうか、この曲は私への店からのメッセージだったのか。だからこそのあの爆音。つまり、「もう帰ったら?」という感じなのかな。いや、しかしそう考えるのは早計です。何しろ、英語の歌詞など私にはわかりません。もしかしたら、右後ろで何やら勉強している様子の金髪ガールへのメッセージかもしれないのですから。

ただし、一杯のかけそばならぬ一杯のラテで長時間粘るというのも気が引けるもの。そういえば朝から何も食べていませんでした。そこで私は、おもむろにレジに向かい、バナナブレッドを頼みました。「ありがとうございます」心なしか、店員さんが自らの勝利に酔ったかのような表情を浮かべた気がしました。飲み物だけで長時間粘っていたうしろめたさからか、ついつい卑屈になってしまう私。そのとき、曲はサビへと差し掛かりました。

I bet that you look good on the dance floor
ダンスフロアにいるお前はカッコいい

私のことを言っているのかい? 再び店員さんを振り返る私。うつむいている店員さん。そう、ここはダンスフロアなんかじゃない。ハッと我に返る私。そうか、バナナブレッドを頼んだだけで、こんなにも心もちが変わってくるものなのか。こんなことなら、最初からバナナブレッドを頼んでおくべきだったのかもしれません。その味は、しっとり、ほんのりとバナナの味がする優しい味でした。

以上が、アークティック・モンキーズからおサルさんを連想、おサルさんからバナナを連想するという、私と店員さんの間だけで行われた無言の連想ゲームの結末です。ではまた。


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