【音食同源】 第2回:チキンカツとエリック・クラプトン「Wonderful Tonight」
どんな人でも、若い頃は何ごとにもガツガツとしているもの。今10代、20代の青春真っ盛りな方にも「あんとき若かったかんな~」と振り返り、懐かしく思えるときが来るでしょう。おっと、いきなりジジイの遺言みたいな書き出しをしてしまいました。
何が言いたいかと申しますと、長年活動しているミュージシャンからは、デビュー当時の若い頃から年齢を重ねベテランの風格を漂わせるようになるまでの変遷を見ることができるもの。そしてそれは、年齢と共に変わって行く食生活にも似ているのではないか、ということです。
音楽ファンならずとも世界中で知らないものはいないであろう、「スローハンド」こと偉大なギタリスト、エリック・クラプトン。彼ほど起伏に満ちた音楽人生を歩んできた人はいないでしょう。ロックギター・ファンの中には、現在のクラプトンをあまり好んで聴いていない人もいるようですが、そういう方々がまず口にするのが、「クリームのときのクラプトンが最高だよね、うん」ということです。サイケなペイントが施されたギブソンSGを手に「クロスロード」など独自の解釈でアレンジされたブルース・ナンバーを弾き倒していた時代の、もみあげ顔のあのクラプトンです。
確かに若きクラプトンのSGによるアグレッシヴなギタープレイも魅力的ですが、ソロ以降のクラプトンが弾くストラトもそれ以上に人を惹きつけます。「Wonderful Tonight」に代表されるような、あの渋みの効いた歌声がストラトの甘い音と調和することで、より一般層にも魅力が伝わりやすくなり、世界的なミュージシャンとして認知され続けているのだと思います。そしてその魅力には確実に年齢というものが作用していることは間違いありません。クラプトン自身も時代と共に変化していく音楽シーンと自身の年齢に伴う変化にナチュラルに対応しつつ生きてきたのではないかと思います。ドラッグでヘベレケな時代もあったり、80年代はフィル・コリンズによるプロデュースでYMOの「BEHIND THE MASK」をカバーしたりした時代もあったりですが、それはそれで年輪というものです。
そんなクラプトンが、ライヴまたはお忍びの格闘技観戦(最近はなさそうですが)で日本を訪れた際に、原宿にあるとんかつ屋「福よし」に必ず足を運んでいることは有名です。そのお目当ては、「チキンカツ」。とんかつ屋なのに、チキンカツ。きっと、クリーム時代の若きクラプトンが仮に来日してこの店を訪れていたならば、「ロースとんかつ定食」をガツガツ食べていたのではないでしょうか。特濃ソースを目一杯かけて、からしもたっぷりつけるクラプトン。口のまわりを衣と肉の脂、ソースとからしでベッタベタにするお行儀の悪いクラプトン。食べてすぐに店の外でジンジャー・ベイカーと共にマルボロで一服するクラプトン。その足でライヴ前に風俗に行ってしまうクラプトン。嬢を相手にスローハンドを駆使するクラプトン……色んなクラプトンが妄想できてしまいますが、きっと近年のクラプトンはヘルシーなチキンカツがちょうど良いに違いありません。
「Wonderful Tonight」の簡単なようで誰にも出せない“間”を活かした絶妙なチョーキングフレーズは、若い頃のクラプトンには弾けなかったことでしょう。聴き手側も、曲全体を通して「チキチキチーチキチキチキチーチ♪」と軽快に鳴り続けるドラムのハイハットの心地よさに気付けなかったかもしれません。人は、とんかつからチキンカツに移行する年齢がある。若い頃には知ることができなかった味わいがあるのです。