【音食同源】 第9回:カツカレーとオリジナル・サウンドトラック『Mo' Money』
毎度古い話になり恐縮ですが、僕は20年ほど前にレコード・CDショップ「レコファン」町田店でバイトしていたことがあります(といっても半年くらい)。JR町田駅を降りた街道沿い、無印良品が1Fにあるビルの4Fにお店があったときのことですので、そのときのお店をご存知の方はあまりいないかもしれません。
そのときはただ音楽が好き、というだけでさほど詳しくもなかったのですが、店に入り毎日のように働いていると否応なく色んなジャンルの音楽を知ることになります。なぜかというと、買取をした中古盤CDを棚に入れる作業が多いからです。「コレお願い」と積みあがったCDをドーンと渡され、それをジャンル・アーティストごとに棚に配置させなければいけないのですが、レコファンは中古と輸入盤中心のレコード・CDショップですので、知らないアーティストの輸入盤CDは、ジャケットを見ても「どっちがタイトルかアーティスト名かわからない」ことが多々ありました。そのため、その都度他のバイト仲間や店長に「これって誰の何てアルバムですか?」と聴くことになります。そうすることによって、自分が知らないジャンルやアーティストにも多少なりとも知識を得ることができたのです。逆にロックに疎い人には訊かれて答えたり、持ちつ持たれつといった感じです。
輸入盤で特に難関だったのが、ブラック・ミュージック、とくにヒップホップ系でした。ブルース、R&Bならある程度わかるのですが、ラッパーの場合ますますタイトルとアーティスト名がわかりづらいので困りました。ところが、そんな偏ったブラック・ミュージックの知識しかない僕が毎日のようにお客さんに訊かれて覚えた輸入盤アルバムがあります。それが、映画『Mo' Money』のオリジナル・サウンドトラックです。
1992年に公開されたこの映画のサントラは、日本では後々宇多田ヒカルの楽曲プロデュースなどで知られることとなるアメリカの音楽プロデューサー、ソングライターのデュオ、ジャム&ルイス(ジミー・ジャム&テリー・ルイス)のプロデュースによるもので、ジャネット・ジャクソン、ジョニー・ギル、パブリック・エナミーら豪華アーティストが参加、Perspectiveレーベルからリリースされました。このアルバムからシングルカットされた曲で最もヒットしたのは、ジャネット・ジャクソン & ルーサー・ヴァンドロス「The Best Things In Life are Free」で、ビルボードチャート10位を獲得する大ヒットとなっています。
このアルバムは今では懐かしい長方形の箱に入った輸入盤CDで毎日のように入荷していたのですが、店頭に置かれる先から売れていった印象があります。当時国内盤が出ていなかったからだと思うのですが、毎日のように輸入盤を求めて来店するお客さんに「『Mo' Money』のサントラありませんか?」と聞かれていた覚えがあります。店内だけでなく、あるとき、休憩時間に近くの定食屋さん「稲穂」に行ってカツカレーを食べていると、近くの2人連れのお客さんが「『Mo' Money』売り切れてたよ~」と話していることもありました。正直、何でそんなに売れるのだろう?と思っていたのですが、改めて聴き返してみると、これが結構良いです。「The Best Things In Life Are Free」の歌詞にも“本当の愛とはお金を必要としない”と出てくるように、映画のサントラとして「Money」をすべての曲のテーマに入れながら、曲ごとに表情の違うサウンドと歌が楽しむことができる好作品です。
町田レコファンはその後、西友や東急の上階にテナントとして入って営業を続けていましたが、2013年に残念ながら閉店してしまいました。『Mo' Money』のサントラを求めてレコファンを訪れていた多くの人たちは今もブラック・ミュージックに心ときめかせているのでしょうか。当時町田近辺に住んでいた僕は今ではレコファンの事務所があった下北沢に住んでいます。そして、「稲穂」は今も町田の老舗定食店として営業を続けているようです。