見出し画像

新卒休職者、夏夜散歩に思ふこと。〜もっとシンプルに生きられたらなあ。〜

全力疾走してきた23年間。振り返れば、立ち止まっているようで思いっきり心も身体も休んだことなどなかった。
今は、新卒で休職中。実家にいる。けれども、不登校時代から埋まらない両親との溝。当時14歳ながらに裏切られた感覚が強く残っており、信頼・信用しきれない自分がいる。過去のことなのにね。と割り切ることが必要なことが頭では分かっていても、心は追いつかない。何より今は何も迫られない休息が必要不可欠だから。おそらくちゃんと向き合えない理由はそこにある。まず、私の心身が休み切れていない。心が休まっていない。
休職って休むためにあるはずなのに、一人で闘った結果消耗状態。いつ顔を出すか分からない希死念慮を毎日どこか心の片隅に持ちながらとりあえず何とか、彼氏や友人、先輩の顔を思い浮かべては留まる。この繰り返し。正直なところ家族の顔は出てこない。これも家族が全てではないことが事実であることを体感しているし、それでいいと思っている。血縁は所詮血縁でしかない。

さっき、一旦外に出た。久々に小中の合唱曲に触れた。”この星に生まれて”が私の胸を打つ。「夢を捨てないで」「愛を捨てないで」なんてストレートで人の心を一撃必殺する綺麗な否定系の日本語なんだ。「〇〇ない」と日本語で語る癖がついていた自分にとっては綺麗で心をこんなにもクリティカルヒットする言葉あるのだと、小学校の時に何も考えずにただただ歌っていた曲に気づかされた。
繊細で感受性が強すぎる私にとって、社会人という立場と世界は中々に苦しい世界だった。それでも、”変わらないもの”を聴いた時、「そうだよね、全てが変わった訳ではない」ということにまた改めて気付かされる。
休職して失ったものはもちろんたくさんある。それでも、変わらないものというか、変わらないでいてくれたものはたくさんあって…。
一番辛い時にずっと心配して支えてくれた彼。友達。先輩。付き合いの長い大人の方々。
辛い時に辛いと言える・吐き出せる環境があるということは実に恵まれていることで。それは分かっていてもバランスを取るのは中々に難しいもの。こんなにさ、難しく考えずに直観に従って生きればいいんだよね、考えて動けていない自分に嫌気が刺す。生きるって実はシンプル。それが私にとっては難しいことも性格やこれまでの生き方を振り返ると、感じる己もいる。生きるって何だろう。意味なんてきっと星になったときにしか分からないはずなのに。人は意味や目的を見出してしまう、そして私はそれがないと走りにくい特性を持っているのもこれまた事実。人間って傷みを負った分だけ輝くというけれど、深い傷よりも浅い傷でいい気がする…。深い傷やトラウマって中々に自分を自分で苦しめる材料になりかねないよね、って想ってずっと走ってきた。

おお、こうやって自分の思いの丈を少しでも吐き出せた自分偉いぞ!!!