京都・上七軒の夜

僕がプロデューサーをやっていた当時、「遠くへ行きたい」の12月の旅は京都だった。

担当のOディレクターは京都・上七軒(かみひちけん)の置き屋のドキュメンタリーを撮った。前々から渡辺文雄さんと僕と三人で、取材した置き屋に行こうという話になっていた。舞妓さんや芸妓さんが行き交う置き屋のコタツに入って酒を飲む算段だ。舞妓(まいこ)さんは中学校を出て、置き屋で修行している身。近くのコンビニに買い物に行くのも禁じられている。髪は自毛で結う。一方、芸妓(げいき)さんはお客さんにお座敷で、芸を見せるプロ。仕事の際はカツラを使い、自毛は短く切っている。

我々は大人三人が入るには少し狭いコタツに陣取り、舞妓さんや芸妓さんの動きを目で追った。彼女たちから名前だけが書かれた小さな可愛い名刺をもらった。

女将に、「置き屋の営業時間」を訊くと、「もちろん、24時間です。殿方を楽しませるのがうちらの仕事です。殿方のコンビニエンスストアと思って下さい」との返事。

お客さんが大阪伊丹空港に着いたとしよう。時間さえ伝えておけば、置き屋がタクシーを回してくれる。料金は置き屋が立て替えて支払う。途中の買い物、舞妓さんや芸妓さんの代金、帰りのタクシー代も同様に立て替え。なんなら、飛行機の席も取ってくれる。満席の飛行機、置き屋が動くとちゃんと取れるのが凄い。お客さんは大阪に着いてから帰るまで、一銭の支払いもしなくていいのだ。

置き屋の請求書は墨文字で書かれた巻物。利用した半年後にお客さんのところに届く。「信用」で成り立っている商売なのである。

我々はコタツで互いに酌をしながら、置き屋の不思議な存在に思いを馳せた。

Oディレクターは、お金を支払う際に、普通の領収書をもらっていた。「半年後に、巻紙で送って来られても伝票切れないから」とつぶやきながら。

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