今岡大爾さん
1983年4月、僕は入社してすぐ、「三枝の恋人ラブマッチ」という番組に付いた。当時流行っていた視聴者参加型お見合い番組である。
リハーサルの司会は、桂三枝さんの代わりに今岡大爾チーフ・プロデューサー。
僕たちADが視聴者の代わりに座る。
CP(チーフ・プロデューサー)が「初めてのデートはどこに行く?」という質問に「車で海へ行きます」と答えると、「しょうもない答えを言うな」と叱責される。
ADは次の収録までに、誰も思いつかない様な答えを必死で考えた。
「少し霞がかかった信州の白樺並木の中をデートします」という様に。
この番組には歌のコーナーがあった。
そこで初めて見たアイドルが早見優。彼女が歌ったのがデビュー曲「夏色のナンシー」。ミニスカートのアイドルはとてもまぶしかった。
「テレビ局」に入って良かった‼️と思った瞬間だった。
2番目に見たアイドルは河合奈保子、3番目は松田聖子だった。
「演芸番組」でもお世話になった。
「今年はこうなる!〇〇年爆笑大予言」という特番。
新作の漫才や落語で「新しい年」を予想するという正月番組だった。
出演する漫才師・落語家のキャスティングはに関してはCPの今岡大爾さんがすべてやってくれた。
「朝の連続ドラマ」、僕はAPそしてプロデューサーをやった。CPの今岡大爾さんは、ロケ地に来る時、真っ白の上下に白いエナメルの靴で現れた。
泥だらけの田んぼなどのロケ地。僕は白い靴が汚れるんじゃないかと気になって仕方が無かった。
「高校生クイズ」は入社した1983年に始まった。
「アメリカ横断ウルトラクイズ」が大好きだった僕は率先して番組に付いた。
1992〜1994年には、「高校生クイズ近畿大会」のディレクターになっていた。
今岡大爾さんは気の遠くなる様な長い会議の後に、疲れ果てたスタッフの為に、近くのレストランから食べきれないほどの料理とビールを取ってくれた。
この時飲んだビールは本当に美味かった。
怖いところも多々あったが、数年前、今岡さんが鬼籍に入られた時、入社以来お世話になった番組の光景が僕の中でフラッシュバックする様に流れ続けた。
どこか可愛げがあった今岡さん。
僕はその思い出を一生忘れないだろう。