「男1人女2人」と「男2人女1人」
「女」は「惚れている男」「好きになった男」を中心に行動する。
どういう事かというと、「男2人、女1人」で「ごはん食べたり」「ドライブしたり」する場合、「女」は意識してか無意識かは分からないが、「好きな男」の気を惹こうとし、チャンスがあれば、「好きな男」と喋ろうと思う。
「好きでない男」は冷徹にほって置かれる訳である。
そこに「女の気遣い」は存在しない。
「男1人女2人」の場合はどうだろう。
「男」がどちらかの「女」に「惚れたり」「好きだったり」しても、「男」はその事を隠し通すだろう。
何故なら、「惚れていない方の女」「好きでない方の女」の気持ちを傷付けるからである。
「2人の女同士」には「女の友情」というのがあり、「男」はその「琴線」に触れるのも怖しいのだ。
僕も何度も「男2人女1人」という状況に陥った事がある。
本当は「男2人」だけで会いたかったのに。
「女」が何故か割り込んで来る。
そんな時、「男同士」では出来る話も出来なくなり、「どこか角が取れた話」に終始してしまう。
だが、お店を出て、「男」を見上げる「女」の横顔は恋する様な喜びに満ち満ちていた。
会計は「男2人」の折半。
なんか理不尽さを感じる、いつも。
「Love is Blind」
というけれど、「女」は「恋」や「愛」をエネルギーにして生きているのではないかと感じる。
「男同士」で話したい事もあるはずだから、遠慮しておこうという「想像力」はきっと持てないのだろうなぁ〜と。
「女」が「男」の心を傷つけるのは良くて、「男」が「女」の心を傷つけるのは最低とされる「社会」の通念。
疑問に思うのは僕だけだろうか❓
「傲慢と善良」
「男」が本来持っている「照れ臭さ」「遠慮深さ」「謙虚さ」が自分は好きなんだとつくづく思った今日この頃。
※個人の感想です(笑)