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エキストラの反乱
「エキストラが反乱を起こしています!すぐにスタジオに降りて来て下さい」
午前5時、スタジオの助監督からすがる様な電話がかかって来た。ドラマのスタッフルームにいた僕。
慌てて駆け降りると、スタジオでは大勢のエキストラが大騒ぎしていた。まず、その騒ぎを鎮める。
原因をよく聞くと、チーフ助監督の谷口和彦さんがこうエキストラに言ったとの事。
「もうすぐ朝が明けます。撮影が終わったら、皆さん電車で帰れる時間ですね!」
この日の撮影は「押しに押して(撮影スケジュールが遅れる事)」いた。元々の撮影終了時間は夜中の12時。5時間以上の遅れ。
「百貨店の食品売り場」のシーンだったので、俳優やエキストラがたくさん出て、撮影に時間がかかっていたのだ。
こういう時、まずは大物俳優の映っているカットから撮影し、大物度合いによって俳優を順番に撮っていく。自動的にエキストラの皆さんだけのカットはいちばん後回しになる事に。
チーフ助監督の谷口和彦さんも夜も明けて来て、その場を明るくする為に冗談で言ったのだろうが、その冗談がエキストラには通じなかった。
東京の撮影現場は数が多い。エキストラを扱う会社も多く、エキストラで生計を立てているプロのエキストラの方も多数いる。
それに対して、大阪のエキストラ会社は当時一社しかなく、昼間働いたり、大学へ通っているサラリーマン・OL・学生さんがほとんどだった。
夜の12時に終わると聞いて、撮影に臨んだ彼ら。朝5時まで撮影が続くと、昼間の仕事や学校につながって支障が出てしまう。
彼らがそんな事を心配していた時、「宅送(タクシーで自宅まで送る事)」では無く、撮影が終わったら「電車」で帰る様に感じる発言を助監督がしたのだからたまらない。彼らも反乱を起こす訳だ。
僕はエキストラの皆さん一人一人に、「必ずタクシーで送りますので、安心して下さい。撮影もあと少しなので、よろしくお願いします」と言って、深々と頭を下げた。
撮影が終わり、エキストラの皆さんが会社の表に出て来るかなり前にタクシーを呼び、ここでも一台一台、「お疲れ様でした。有難うございました」と声かけをした。
壮絶な一日が終わった。周りはすでに明るくなっていた。
「宅送」と言えば、ルールが決まっていた。会社発、午後11時30分。この時刻を越えれば、タクシーでの帰宅が認められる。
ドラマの撮影終了時間が午後11時から11時半の間だと微妙だ。
「宅送」にしたいが為に、この時間帯、スタッフの動きが何故か遅くなる「牛歩戦術」を取られた事もある。
撮影が終わっても各部署片付けがある。その時間がまちまちなのだ。
それゆえ、「同じ部署のスタッフ」を同乗させる。「送る方向が同じスタッフ」を訊いて廻る。これがなかなか複雑で大変な作業。こうして作られるのが「宅送マップ」。スタッフに気持ち良く仕事をしてもらうのもAPである僕の大切な役目。
「宅送」を一回出すと、数十万円の予算が飛んでいく。予算管理の大事なポイントでもある。
このドラマの時、三重県名張市に住んでいるスタッフがいた。大阪市内、スタジオ近くのホテルに泊まって欲しいと相談した。だけど、彼も「宅送」で帰る事もあった。一回、彼だけでタクシー代が3万円を優に超えた。
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「マクドナルド」集合
東京に来て、「逆宅送」というのも経験した。
東名高速・用賀インター・マクドナルド前に朝3時半。自宅からスタッフ全員、タクシーで集合場所まで来て、そこでロケバスに乗り換えて、湘南の海岸に向かう。確か「朝陽狙いのロケ」だったと記憶している。
ドラマの撮影現場はどこもキツイ。撮影隊の数だけ「宅送」有り。
「宅送」って本当に大事だ。
毎日、都内のどこかで、「宅送」が行われている。