ハッシュタグ

「#(ハッシュタグ)」

これはインターネットで何か検索する時、とてもとても便利なアイテムである。

「ブログ」や「X(旧Twitter)」「Instagram」「tiktok」「スレッズ(今後、ハッシュタグ機能を搭載予定)」「facebook」などのSNSで便利な機能として使われている。

「テレビ番組」を観ていても、SNSで「番組名」を「ハッシュタグ」を付けて検索し、どんな意見がインターネット上を飛び交っているか、知りたいと思う人々がどんなに多い事か。

「ハッシュタグ」で「トレンド入り」した言葉が「マスメディア」で報道されたりして、余計に「ハッシュタグ」の重要性を煽っている。

女性の「Instagram」を見ていて多いのは、「料理」の写真をUPして、その「料理名」や「店名」をUPしているケース。

また、「オシャレな服を着た写真」をUPして、その「ブランド名」「コスメ名」や「ショップ名」を凄い「ハッシュタグ」の数でUPしているケース。

「『検索』して欲しい願望」「他人に自分の知り得た情報を伝えたい欲望」が「ハッシュタグ」に象徴されているのだろう。

僕はこの「ハッシュタグ」が嫌いだ。

「検索される事」を望んで無いし、「自らの価値観」を他人に押し付けるつもりも無い。

「人」はそれぞれ、別の「人生」を生きている。

僕は大袈裟に言えば、「自分の人生」に「ハッシュタグ」を付けたく無い。

自分自身の「好奇心」が見つけた「心の中の#(ハッシュタグ)」を大切にしている。

何か感じた時に、「自分自身の頭の中に残っている様々なハッシュタグ」を上手く利用して、さらなる「脳の活性化」を行ないたいし、新たな行動に出たい。

「Tomorrow Is Another Day(明日は明日で風が吹く)」

映画「風と共に去りぬ」(1939年)で、ビビアン・リー演じる主人公が発するラストメッセージである。これは字幕翻訳家・清水俊二(1906〜1988)の名訳。

一日一日を大切に生きて、他人の事は気にせず、「ハッシュタグ」に頼らない生き方をして欲しいと「映画の台詞」は言っている様に僕には聞こえてならない。

※余談ですが、映画「風と共に去りぬ」と同じ年に公開されたのが、映画「オズの魔法使」です。監督はどちらもビクター・フレミング。1939年と言えば、日本では「戦前」。

日本が「太平洋戦争」に突き進む一方、アメリカの映画会社大手「MGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)」はこんな娯楽エンタテインメント大作・名作映画を「テクニカラー(総天然色映画)」で撮っていたのですね。

日本が「国力」で、当時のアメリカに勝てるはずもありません。

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