大晦日は子供の楽しみ‼️
年に一度、子供が夜遅くまで起きててイイ日があった。大晦日である。普段はよる10時以降は大人の時間。フジテレビ「夜のヒットスタジオ」になったら、母親から寝る様にいつも言われていた。
大晦日には、日本レコード大賞があり、紅白歌合戦があった。レコ大に出た歌手たちは、2つの劇場の裏口を通って、紅白の会場へ駆けつける。そのことを知っていた僕はテレビを観ながら、間に合うかどうか、ドキドキしていた。
紅白が始まる。裏番組を観たいが、チャンネル権は親にあり、裏番組を録画するビデオも無い。
裏番組は何をやっていたかと言うと、映画「大脱走」や「コント55号のスペシャル番組」等。各局、少しでも紅白から視聴率を奪う為、熾烈な争いを繰り広げていた。
午後11時45分、藤山一郎さんの指揮で、「蛍の光」を歌い、紅白歌合戦が終わると、チャンネルは民放全局で生放送していた「ゆく年くる年」になる。
カウントダウンで、新年になり、家族みんなで「あけましておめでとう!」。ビールとジュースで乾杯。親からお年玉をもらい、午前1時過ぎに就寝。
お正月、毎年親戚のおじさんの家に行った。お年玉をいちばん多くもらえるので、僕と妹はそれを楽しみに両親に付いて行った。
ご飯が終わると、大人たちはビールを飲みながら赤ら顔で、楽しそうに話している。昭和のビールは瓶ビールだった。子供の僕ら兄妹は持って来た本を退屈しのぎに読んでいた。お年玉もらったから、用は済んだし、もう帰りたいなぁーと思いながら。
昭和40年代、確かに「大人と呼ばれる人々」がいた。どこか威厳があった。どこか落ち着いていた。そして、朝夕の猛烈なラッシュにも毎日耐え続けていた。そこには、高度成長期を支えた人々がいた。
今、朝夕のラッシュ時、TV erでドラマを観る人、真剣にゲームをやる人等、スマホに没頭している人を見かける。「大人はこんな事しないよな」と思ってしまう僕は「大人」じゃ無いのだろうか?