全日本有線放送大賞のタイムキーパー

その朝はいつに無く緊張していた。
僕は「11PM」で毎週TK(タイムキーパー・生放送で時間を計り、時間内に番組を入れる人)をやっていたが、「全日本有線放送大賞」(現・ベストヒット歌謡祭)のTKをやるのは初めてだった。

年に一回の社運を賭けての大型特番。その大舞台、生放送でミスをしないか、不安で仕方が無かったのである。

会場に横付けされた中継車に乗り込む。モニターには「音合わせ」「カメリハ」の様子が次々と映されていく。

歌毎の「演奏時間」を計り、自分で作った「時間配分表」に書き込んでいく。

「カメリハ」が終わり、ディレクターを中心にスイッチャー(各カメラを切り替える人)とカメラマンが集まって、「カット割り」の修正打ち合わせが始まる。

「カメリハ」をやってみて、カメラが間に合わない所を見直す打ち合わせだ。

打ち合わせが終わり、生放送のスタートが近づいて来る。

僕の本番への秒読みが始まった。

MCが舞台に登場し、生放送に突入した。

数曲の歌が続き、生放送は順調に進んでいた。

僕は元来「強迫神経症」である。
「家の鍵閉めてきたかな?」
と不安になり、何度も家に戻って確かめないと済まない病気だ。
ひどくなると、自宅から一歩も出られなくなる。

僕はそこまでは行かないが、そういう状態になる危険性をいつも孕んでいた。

この生放送の時がそうだった。
「本当に自分の時間割表は大丈夫なのか?」
ムクムクとそんな気持ちが芽生えた。

生放送が進行する中、秒読みをしながら、僕は時間割の再計算を始めた。

隣に座っているディレクターに気付かれない様に。

そして、発見した。自分自身のミスを。

このまま、生放送を続けていくとエンディングで1分、時間が余るのである。

つまり、グランプリを受賞した歌手が歌を歌い終わって、紙吹雪が降り注ぎ、紙テープが飛んで、受賞歌手の歌終わりのUPから会場全体の映像になって終わるはずが、そこからまだ1分も時間が余ってしまう。

脳が痺れた。頭が真っ白になった。

これから後に歌われる歌の時間を引き延ばす事は出来ない。

「どこを1分延ばせばいいんだ?」

自問自答。心を落ち着かせようと懸命に試みる。今一度、時間割表を凝視する。

その間もディレクターや現場に秒読みもしなければならない。

「ここしかない!!」

見つけたのは、番組後半にある4分のトークコーナー。これを5分で「読む」事に決めた。

何曲かの歌が終わり、トークコーナーに入った。1分を1分強にして読んだ。

「トーク長くない?」

ディレクターがついに僕にそう言った。

「いえいえ、時間通りに進んでいます!順調ですよ」

冷や汗ものだった。心の中と裏腹に、僕は表面上落ち着いて秒読みをしていた。

トークコーナーが永遠に終わらないのではないかと思うほど、長く感じた。

エンディングに入り、グランプリ歌手が決定、号泣しながら歌っていた。

エンドロールが流れ始め、紙吹雪が大量に落ちていた。歌終わり、紙テープが客席に向かって発射され、MCが一言締めのコメントを言って、会場の広い画になり、生放送は終わった。

「お疲れ様でした!」

僕は心無しか、大声でそう叫んでいた。人生でいちばん痺れた瞬間だった。

「強迫神経症」的な性格で良かったと。でも生放送の怖さを身を持って感じていた。

サザンオールスターズが番組に出ていたので、数十年前の話だ。

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