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言い訳するくらいなら、勤務中にハグはやめて!【エッセイ】
端から端まで30メートル。
勤務先にはまっすぐで長〜い廊下がある。
廊下の右側は窓だけ、
左側は男子トイレと女子トイレ、男子更衣室と女子更衣室がある。
廊下の先は工場への入り口のドアが1つ、
見晴らしが良く明るいが殺風景。
事務所を出て3メートル歩いて左折すると、
その長〜い廊下である。
私は時々事務所から、工場の中に行く事がある。
工場の中に入るには、長〜い廊下のドン突きのドアを通らなければならなかった。
ある日工場に行く用があり、いつものように
事務所を出て左折した。
長〜い廊下に差し掛かった、
その途端、
廊下のかなり向こうの方で人影が…
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こんな時間に誰?
工場は12時から13時まで昼休憩で、
その時間以外は工場から出る事は出来ないのである。
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時計は11時…
こんな時間に珍しい。
廊下を3メートル進んで
『ゲッ!』
足がピタッと止まった。
動けない。
視線の先に…
作業着の2人が、
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ハグしてるぅ〜っ!
男と女やからいいのかぁ…
ちゃうちゃう、そういう問題じゃない!
私に気づいた2人は瞬時に離れたが、
私を見ている。
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四つの目がジーッと私を捉えて動かない。
私の目は二つ…数で負けてる。
直視出来ない。
天井を見る、
壁を見る、
窓を見る、
足元を見る、
どこ見ていいやら…
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参った〜っ!
私はこの廊下のドン突きまで歩かなければならない。
2人の横を通り抜ける?
まさか2人の間を通り抜ける?
どうすりゃいいの!?
2人は私に視線を送りながら、
完全に固まっている。
やっぱり私が引き帰るしか?
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3歩後退りして、一目散に走って事務所のドアを開けた。
ドキドキした。
そして、ザワザワする。
少ししてムカムカした。
何で私が引き帰らなあかんの?
廊下でハグしてる?
ところで何であの2人?
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全く部門が違う、仕事で絡む事はない。
70歳のおじちゃんと45歳のおばちゃん。
歳の差カップル?
いつカップルになったの?
2人の世界?
…ってここ職場だって。
5分して事務所を出て、角から廊下をそぉ〜っと覗いたら、2人の姿は消えていた。
あ〜やれやれ…見なかったことにしよう。
だけど気持ちが悪い。
恐る恐る私は廊下を通って工場へ行った。
今日の事は誰にも話すまい。
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悪い夢を見た。
翌日、私が独りの時を見計らって、昨日のおばちゃんが事務所にやって来た。
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『昨日の事やけど…』 わざわざ言いに来たん?
『あれ違うねん!』 何が違うねん。
『誰にも言わんといて』 よー言わんわっ!
『たまたまやねん』 偶然ってか?
『そんな関係違うし』 どんな関係や。
『私のタイプ違うねん』 知らんわ!
『見んかったことにして』 そりゃ無理や。
『マジびっくりしたわ!』 それ私の台詞。
『ごめんやで』 何で謝った?
『休憩の時ジュースおごるわ』 口止め料?
私は黙って彼女の言い訳を聞いていたが、
心の声はいちいちツッコミを入れていた。
短い時間に必死の弁解。
いっぱい喋るなぁ…
『ところで仕事は?』
私の一言で、彼女は慌てて工場へ行った。
あほらしくて笑える。
午後になり、今度は昨日のおじちゃんが事務所にやって来た。
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『昨日の事やけど…』
私はジーっと顔を見た、次何言うのかと。
『あれ違うねん!』 またかいな!
『たまたまやねん』 ほーっ!それ聞いたで。
『そんな関係違うねん』 だからどんな関係や?
『見んかったことにして』 だから無理やって!
『ほんまびっくりしたわ!』 それ私の方や!
『頑張って仕事してはるし』 だったらハグすんの?
『可哀想に思って』 同情ハグ?
『元気づけてやりたくて』 エールハグ?
『ちょっとでも楽になったら』 癒しハグ?
『ほんま何もないねん』 嬉しそうやな。
『綺麗な人やしな』 タイプなんか。
『内緒やで』 秘密共有したないわ。
お好きにしてくれ!面倒くさっ!
心の声が爆発しそうだった。
私は、鼻の下伸ばしたおじちゃんの顔見て
吹き出しそうになった。
黙って聞いてりゃ よー喋るわこの人、
笑いを堪えるのが必死だった。
『今 勤務時間中です』
私の一言でおじちゃんは黙って、
ペコペコ頭を下げて事務所を出て行った。
似たモノ同士のこの2人、やはり工場内では問題児。
あれから2人は私と顔を合わさないよう避けている。
いや私が避けてるのか…
出来るだけ関わりたく無い。
私はついつい曲がり角から廊下を覗いてしまう。
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何で私がビクビクしなあかん?
堂々としよっ!
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くわばら!くわばら!