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ショートショート:扇風機
これは少し近い未来の地球のお話。
ある夏の日、一人の少年とその母親が買い物から帰宅した。家の中は夏の暑さで満たされ、むわっとした熱気が二人にまとわりつく。未来の世界でも夏は暑い。すぐに空調のスイッチを入れたが、すぐに冷えるわけではない。
『あっ!そういえばこの前買ったあれがあったな。使ってみるか。』
少年は思い出したように言うと、部屋からあるものを持ってきた。
『扇風機』だ。かなり歴史のあるものらしいが、空調の進化から近年ではめっきり使われなくなった。骨董品店でたまたま目につき、デザインが気に入った少年はもの珍しさから購入していたのだ。
『あら、懐かしいもの使ってるわね。確か…扇風機だったかしら。』
『そうだよ。お母さん知ってるの?』
『ええ、おばあちゃんの家にあったのよ。小さいころそれで遊んでおばあちゃんにすごく叱られたから、よく覚えているわ。危ないから気を付けてね。』
『わかったよ。じゃあ使ってみるね。』
少年は扇風機のプラグをつなぎ電源を入れた。すると扇風機から柔らかい風が吹き、少年を包み込んだ。
『わぁ、結構涼しいなぁ。』
少年は扇風機の前でそう呟くと、ふとあることを思い出した。何かの本で見た、扇風機の前で声を出すと宇宙人の声になる、というものだ。
『あ”あ”あ”あ”~』
少年は扇風機に向かって声を出してみた。声が震えて聞こえるだけで、とても宇宙人の声には聞こえない。昔の人間は宇宙人の声がこんな声だと思っていたのか、と思うと自然と笑いが込み上げてきた。楽しくなってきた少年はもう少し大きい声を出してみた。
『あ”あ”あ”あ”~!!』
『やめなさい!』
それを聴いた母親が烈火のごとく怒りだし、少年の声を遮った。
『ご、ごめんなさい…。』
『まったく、そんな地球人みたいなことしたら駄目でしょ!』
『えっ、これ地球人の文化なの?恥ずかしい!知らなかったんだ。もうしないよ。』
『わかったならいいわ。実はね、私も小さいときに同じことをやっておばあちゃんに怒られたのよ。私たちは誇り高いR星人でこの地球の新たな支配層なんだから、地球人みたいな奴隷の真似をしちゃいけないって。』
『そうだったんだ。ごめんね、お母さん。』
少年は母親に謝ると、部屋の隅で縮こまっていた地球人奴隷に冷たい声で言い放った。
『おい、これ片付けろ。早く!』
少年に命令された地球人奴隷は、いつもより少し悲しそうな顔をして扇風機を片付け始めたのだった。