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ショートショート:限定品
彼はジーパンを愛している。いわゆるヴィンテージものはもちろんのこと、最新のデザインのものまであらゆるジーパンに精通しており、その筋では有名人だ。彼は少年の頃から40年以上ジーパンを集め、自宅にはジーパンを保管するための部屋まで作ってしまったほどである。
彼は今、あるジーパンを狙っていた。新進気鋭のとあるブランドの最新モデルだ。若者に大人気のブランドであり、彼のような世代はなかなか行くような店ではなかったが、ジーパンマニアの間で話題になっていた。ジーパン専門ブランドではないもののデザインももちろん、色落ちの仕方が画期的で素晴らしいとのこと。ジーパンマニアは色落ちに弱いのだ。
ただ一つ問題があった。そのジーパンは限定生産なのだ。ただでさえ若者に大人気のブランドで、入荷はたまに1-2本ある程度。彼はその店に何度か通ったが、巡り合わせが悪いのか毎回店員に尋ねても『ありません。』で終わっていたのだった。
いったいいつ入荷しているのか。彼は最近覚えたSNSで検索してみることにした。ブランド名と"限定"というワードを入力するといくつか購入報告を見つけることができた。
「はちゃめちゃにかっこいいデニムを買った……。あってよかった……。」
「店行ったらめちゃかっこいいデニム発見!限定らしいので即買い!!」
何件か見ていると彼はある法則性に気づく。どうやら毎週木曜日の夕方に入荷しているようだった。木曜日と言えば明日だ、これなら買える。
翌日、彼は仕事を早上がりしてその店へ訪れた。今日もその店は多くの若者でにぎわっており、客も店員も自分の子供のような年代層だ。やや居づらさを感じながら、店員に例のジーパンの在庫を聞いた。
『えっ?それは無いっすね。すいません。』
若い店員はぶっきらぼうに答えた。
若い店員は『あの…』と何か言おうとしていたが、彼が割って入るように『じゃあいいです。』と答え足早に立ち去ると、口をつぐんだ。
あの店員まだ10代ぐらいか?ずいぶんな接客だな、と彼はやや苛立ちを覚えつつ、そうか、今日は無いのか…もしかしたらもう売れたのかもしれないな。そんなことを考えながら店を出ようとしたところ、他の若い客の声が聞こえてきた。
『あのー限定のデニムって入荷してますか?』
彼は心の中で、残念だったなお兄さん…と思った矢先
『ありますよ!運いいっすねお客さん。1本だけ入ったんですよ!』
店員の言葉を聞いた彼はバッと振り向くと若い店員に言い寄った。
『さっき俺が聞いた時には無いって言ったのに、なんであるんだ!』
若い店員は彼の大声にひるみながらもこう答えた。
『いやお客さんが探してるのは無いですって。これデニムですもん。』
『何を言っているんだ!さっき限定のジーパンはあるか聞いただろう!』
『あの...さっき聞こうと思ってたんですけど、"ジーパン"って何すか?聞いた事ないんですけど。』
そう言われた男は恥ずかしさで顔を真っ赤にして、逃げるように店を後にした。