メディアあれこれ 4 アテンションエコノミー下のニュースメディアのゆくえ
◆情報洪水下の“客引き”経済
現在は情報洪水の時代です。情報を発信するメディアもまた洪水のようにあふれています。なにしろ、一般の個人でさえも膨大な数の人びとがメディアとなって思いのままに発信しています。そこにおいてもっとも注目すべき経済現象はアテンションエコノミーではないでしょうか。人びとの関心を引くことが経済的価値を生むということです。
新聞をはじめとするニュースメディアの観点からアテンションエコノミーを考えたときに、すぐに思い浮かぶのはYahoo!ニュースに代表されるニュースプラットフォームです。Yahoo!ニュース等はサイトへの“客引き”(集客)にニュースを活用しています。ニュースは人びとの興味を引きつけるコンテンツであり、しかも時々刻々更新されるので“客引き”に最適なのです。
Yahoo!ニュースやLINEニュース、スマートニュースなどのニュースプラットフォームは読者に無料で見せています。こうして多くの人びとにとって、いまやニュースはスマホを通じてタダで見るものになっています。そのニュースは、Yahoo!ニュースで言えば約700のメディアから配信を受けています。ここで言うメディアとは、新聞社、通信社、放送局、雑誌出版社、各種ネットメディアなど記事(コンテンツ)メーカーです。これらのメディアに対しては、巨大なアクセス数を誇るYahoo!から見れば完全に買い手市場になっています。
◆「取材するメディア」は存続できるか
紙の部数減にあえぐ新聞社はいまやYahoo!の下請けになっていると言いたくなります。配信記事の買取単価があまりにも低いことから、プラットフォームの力の濫用を疑った公取が調査に乗り出したほどです。とはいえ、無料読者の圧倒的支持と、Yahoo!にとっての買い手市場という構図はおいそれとは変化しないものと思われます。
ここで問題として浮上するのは、特に部数減にあえぐ新聞社が「取材」体制を維持できるのかということです。メディアには「取材するメディア」としないメディアがあります。後者は「こたつメディア」と呼ばれたりします。ただし、オピニオンメディアなどまともなこたつメディアもありますが、引用・伝聞・憶測によって記事を仕立て上げ、ひたすらアクセス数を稼ぐことをねらう志の低いこたつメディア(こたつ記事)がネット上にあふれています。
では新聞社としてはどう対処していけばよいのでしょうか。
第一には、Yahoo!ニュースなどへの配信料を大幅に上げてもらうことです。しかし、買い手市場のもと、どれだけ交渉力を発揮できるでしょうか。そもそも、約700のメディアから配信を受けているYahoo!ニュースの場合を見ると、トップページの掲載記事中、大手新聞・通信5社の占める割合は各社5%程度です。「お宅がなくてもニュースはいくらでも載せられますから・・・」と言われるのがオチです。仮に徒党を組んで交渉して10倍の配信料をもらったとしても、各社にとってはとても食える額ではありません。
◆日本のメディアは“ニューヨーク・タイムズ”になれるか
では、第二として、ニューヨーク・タイムズ(NYT)のように読者に購読料を払ってもらうサブスクモデルはどうでしょう?NYTは、2023年9月に紙を含む有料読者数が1000万を超えたと発表しました。ただし、料理やゲーム、スポーツなどの別サービスのみを契約している人を除く本来のデジタルニュースは700万契約以下です。それでもすごい数です。
紙のNYTはもともとニューヨークを中心とする地方紙であり、デジタルの広域展開をするに当たって、日本の全国紙のように紙の販売への影響を気にする必要が少なかったと言えます。NYTは広告では食っていけないと判断して、2011年から有料デジタルに全力を注ぐようになりました。料理、ゲーム、製品レビューといった別サービスを単体でも契約できるようにしつつ、思いきった低料金政策を取って、読者というより会員を獲得してきました。近年では、別サービスに買収で手中にしたスポーツメディアも加えて、ニュース本体とのバンドル(抱き合わせ)販売を強化してきました。
日本の新聞はNYTになれるでしょうか?かなり難しいでしょうが小粒のNYTにはなれると私は思います。基本的にはデジタルの有料サブスクモデルしか道は無いでしょうが、規模はずっと小さくとどまるのではないでしょうか。というのは、日本は欧米と異なり、Yahoo!ニュースのようなプラットフォームが提供する無料メディアが圧倒的に読者をつかんでしまったからです。ですから、ストレートニュースはYahoo!などにまかせてその配信収入をある程度確保することで割り切ったらどうでしょう。同時に、良質の深掘り記事をデジタルならではの工夫をこらして、無料ニュースでは飽き足らない人びとに有料で提供するということが本道ではないでしょうか。
とはいえ、合従連衡の足音が近づいています。それがどのような形に落ち着くのかは予見できませんが、「取材するメディア」の維持・強化に少しでもつながるものであってほしいと願います。
<千代田フォーラム会誌「耕心」2024年1月発行から転載>