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50代からの登録養成課程 「我思う、故に我あり」で人生の伏線回収を始めたら

 私はアラフィフ直前にキャリア自律から中小企業診断士を目指しました。独学で1次試験に合格した後に登録養成課程に現在は通い、サラリーマン人生とは違うセカンドライフの環境を手に入れるべく邁進しています。一見、毎日が希望に満ち、充実しているように見えるのかもしれませんが、実際のところは外から見えないところで必死にもがいて遅れないように前へ前へと進もうとしているだけなのかもしれません。
 充実している=楽しいは同義ではないです。私自身も人生が楽しく充実しているなぁと感じるときもある一方で、もちろん「楽しくない」と感じるときもあります。
 今回はこの「人生が楽しくない」と感じる部分について、東洋経済オンラインの記事を踏まえ、40代50代で人生が楽しくない人の持つ共通点について私なりの楽しくない人生との向き合い方について書き留めます。

「悩んでいる暇があったら目の前のことに集中しろ」の代償

 高校受験、大学受験、就職活動、と同じ世代の人と同じ時期に多くのイベントを超えて、そしてサラリーマンになって急に上下の世代との軋轢を強く感じることもありながら、「悩むのは意識が足りない」「逃げずに立ち向かえ」「ストレスを感じるのは己の心の弱さ」と信じて確かに一所懸命に社会人として対応してきました。記事にもあるように、私も50歳直前に「あれ?俺の人生ってこれでいいんだっけ?「私って、なんだっけ」と思い悩み、「若いころの願望や思いを伏線回収として実現させるには今を逃したらもう無い」と思うようになりました。
 そこで私の場合は心の充足を満たすべく一歩踏み出しましたが、それでも加齢からくる、40代50代ならではの「人生は楽しくない」を完全に払しょくするには至っていません。
 これから急激に老化していくのがわかりながら、どうそれを上回る楽しさを得られるかという答えも経験もないように思えます。

 ただ、何も考えずにこの先10年を過ごすのではなく、自分とは何なのか、自分とは何者に進化したいのかを「我思う故に我あり」のスタンスで徹底的に考えをつめていき、人生は楽しいばかりではあるが、辛いだけでもないことを踏まえて、「よい辛さ」の体験は「悪い辛さ」を乗り切る力になると思うようになりました。
 この歳になって、勉強とかよくやるね、、、というコメントもありますが、この充実感溢れる辛さを通じて将来社会貢献をしていこうというのが会社の看板をとっぱらった個人として追求していきたいと思っています。
記事にある『「人の役に立っている感」「自分自身のコントロール感」「自己存在感」を本当の意味で感じること』に少し近づいているのかなと思いました。子供や今いる会社に寄生して楽しさを見つけるのではなく、自らの挑戦と辛さの克服をもって、楽しさを作って分け与えらえる存在を目指そうと改めて思いました。

最後までご覧くださりありがとうございました。


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