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50代からの登録養成課程 10年間をざっくりとふりかえってみた
私は25年以上サラリーマンを続け、50歳を目前にキャリア自律を考えて中小企業診断士を目指すことを決意し、1次試験合格後には登録養成課程へ入学してリカレント教育の環境の下、資格取得に向けて取り組んでいます。
今回は昨日TVで放映していた芸人の10年間を追った番組が放映されていたのを見て、TVで見る限りでは10年前も今も変っていないと思っていた方たちでも社会環境、趣味、家族構成、未来への思い、目指すことなどが変遷しているということに驚きというか、同じ世代だからか共感する部分も多かった内容でした。
今回は自分の10年間をふりかえりつつ、何か自分の人生の「ピボット」になった瞬間になったものを思い出していければと思います。
ざっくりと私の過去10年間はこんな感じでした
こういう振り返りをするときに、真っ先に役経つのはやはり
Gmailの送信リスト
Google フォト
Facebook
とかですね。
他のだとなかなか昔の普段の生活や小さなイベントを思い起こすことが
難しかったです。
これらは今後も活用して、「蓄積」をしていきたいと思います。
2014年
子供つながりでよくスキーやキャンプに出掛けていましたね。
なぜか、お金が潤沢にあり、コンパクトな外車を購入したり、マイルが結構たまったので家族で年末に海外スキーにも行っており、後先を考えずにお金をつかった最後との年かなと思いました。
2015年
後輩の海外トレーニーへの挑戦のサポートをした矢先に、お盆の時期に自分が急遽、異動になった年ですね。
これまで接点のなかったセキュリティ関係の商材に携わることとなり、また組織のTopが7年前の上司だったこともあり、またこのBigBossのためにがんばろうと思えた年でした。
後輩の頑張りについて、自分も何か頑張ろうと思いながらも、職場の環境ががらりと変わったので、そのキャッチアップで忙殺された年でした。
2016年
仕事でも国内出張などが割と増え、外出や宿泊が増えてきた分、休みは子供の習い事の送り迎えとか京都方面への歴史見学旅行、夏キャンプなどを企画して子供たちとの時間を大切にした年でした。
子供の自由研究で「もんどり仕掛け」を使って捕まえた川魚などの図鑑作りの送迎や材料の手配に伴走してました。市内で特別な賞を受賞したと聞いたときは自分のことのようにうれしかったです。
2017年
子供の受験、家族でも初めての中学受験で勉強環境作りやサポートをしつつ、私はブラジルの現地社員のOJTの受け入れ元になりました。四苦八苦をしている姿を見せないように努力していたのを思い出しました。
また、息子と二人で四国のこんぴらさん参拝に飛行機で行き、帰りはサンライズ瀬戸で帰るという弾丸旅をしたのも思い出深いです。
海外出張の際には仕事終わりにYankee StadiumでMLB観戦をして、ジャッジのホームランも見れましたのは10年近く経っても色褪せない思い出です。。
2018年
子供が中高一貫の中学校に入り、その年の夏の学校行事で1学年全員参加のキャンプがあったのですが、その父兄ボランティアの募集があり、参加しました。ボランティア30人のリーダに立候補して、諸々対応したことで、知り合い以上の友達がたくさん学校で増えました。その方々と話、職業観などを聞いていると、今のサラリーマン人生、この会社にいることだけが全てではないんだなとぼんやりと思うようになりました。
社外での自分の活動は高く評価される一方、社内での評価がなかなかあがらなかったところにギャップを感じ始めた時でもありました。
2019年
ここでも子供のキャンプボランティアがあり、昨年のメンバーと参加をしました。会社よりも地域の接点を通じた人たちとの会話や協力して物事を進めていくことの面白さを感じたこともあり、また仲間にも士業の方が何名かいたりでサラリーマンの世界や1つの会社の中での価値観や評価というものがやけにちっぽけに感じるようになりました。
年末年始に年頃の娘と二人で名古屋、大阪ツアーをしたのがこの時期ですね。
2020年
下の子供の受験対策とコロナが重なり、とにかくステイホームな1年でした。子供にとっては、志望校対策毎の特別講座を遠くの普段と違う塾の校舎に通うことなく、自宅で受けることができたのはメリットでした。
私はとにかく、過去問や解答用紙をコピーして、学習計画表をつくったり、電車での感染リスクを考えて塾の送り迎えをしたりとサポートした記憶があります。
2021年
子供が無事に中学受験に受かって、前半は学校関係で慌ただしかったところ、私が部署異動となりました。
これまで一緒に苦楽を共にしていた仲間と離れるのは残念でしたし、何よりも「もうしばらく、今の場所でがんばりたい」と直訴して伝えた一週間後に異動の話になったので、過去のこの部署で積み上げてきた実績や喜びもちょっと吹っ飛んだ感覚でした。
それでも引っ越しを伴うような異動ではなかったは幸いでした。知らない人たちばかりではなかったので、まぁ新天地でがんばろうと決意したのですが、異動後早々に、年度マタギで処理できていなかった案件の火消しに追われるなど、ゆっくりとする時間もなく、また聞いていた話とまた違う内容に驚きながら、慣れない仕事に奔走したのを覚えています。
2022年
年初に昨年末からいろいろとくすぶっていた件で予想外の対応が出たりとか、アライアンス案件でFAから「軸が無い」と言われたりとか、50歳になる直前に今のままの職場で今のまま仕事していたら、10年後に完全に社会から取り残されるのではという不安感が出ました。
ちょっともう、会社をベースに考えるのではなく、転職や独立など含めて自分を中心に学びたいことを学びきって、資格をとりきって、第二の人生にむけてスタートダッシュできる準備をしようと思うようになりました。
会社の年頭のあいさつで幹部が仕事以外で興味のある勉強として英語をはじめたという話が確かあって、それもきっかけに、仕事を考えずに勉強に打ち込む時間を設けて取り組もうと決意をし、中小企業診断士のテキストを買いに本屋に行ったのを覚えています。
この時点で「受からなかったらどうしよう」というよりは、「必ず合格して、第二の人生への起点をつくろう」と強く決意しました。
そこから夏に試験をうけて、7科目中4科目合格をし、「このまま同じように勉強すれば1次試験は突破できる」と確信をして、1年間、とにかく始業前、お昼休み、終業後に勉強に取り組みました。
2023年
中小企業診断士の1次試験の勉強でWeb動画などを見ているなかで、登録養成講座について知り、この流れのほうが、普段、中小企業や製造業との接点がない自分が独立を目指すのであれば行くべき進路ではないかと思い、調べていくようになりました。
運よく、1次試験は無事に残りの科目を合格し、その後、登録要せ過程も2校受けて2校合格をいただき、進路を決めました。
過去10年間でもっとも、未来に向けて自分が人生を切り拓いているという実感を持てたのが遅ればせながら、この年でした。
2024年
登録養成課程に通学するようになり、同級生など同じ志を持つ人、すでにその志をもって社会で活躍されている講師の方、いろいろな方の話を伺うことができてとても充実した学びの空間を得て、しっかりと吸収しなければと日々思っています。
いかがでしたでしょうか。
(最後までお読みくださりありがとうございます)
この10年、前半は海外の色々な国に訪問する機会に恵まれつつも、自分の人生としては、あまり後先考えず、近視眼的な視点でした。
その後、子供の中学校のボランティアつながりで様々な職業観、人生観を持つかたと知り合い、そして異動をもって、自分の未来の人生をどうしていきたいか向き合って行動に移し始めたところでした。
この先の10年についてもプロアクティブに挑戦を自らしていくことが、自分らしくもあり、また悔いのない人生になると改めて感じました。
最後までご覧くださりありがとうございました。