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【道】 第12回 南アルプスの点線国道 (国道152号/長野県)

地図を広げ、まだ見ぬ国道の風景を想像する。現地を訪れる前の至福のひとときだ。国道網は全国で5万5000㌔㍍に及ぶが、その中でも地図をなぞるだけで山岳国道を想起させる道がある。南アルプスの西麓にありながら直線的に南北に走る国道152号。

ペン先で国道のラインをたどってゆくだけでも、そこには信州を代表する錚々(そうそう)たる峠群が連なっている。北から大門(だいもん)峠、杖突(つえつき)峠、分杭(ぶんぐい)峠、地蔵(じぞう)峠、青崩(あおくずれ)峠。名前を見るだけでワクワクさせられ、そこに引き寄せられるツーリストも多い。

R152 青崩峠


南アルプスの清冽(せいれつ)な高原のイメージとは異なり、道筋は深い樹々に閉ざされている。峠からもアルプスを望むことはできない。地蔵峠と青崩峠の2区間に至っては車で通行できない不通区間となっている。国土地理院の地形図では点線で示される道幅1・5㍍未満の登山道。こうした車両通行不能な国道を「点線国道」と呼んでいる。国道といえども一本につながっていない未開通の道が、まだ日本にはあるのだ。

二つの峠とも、古くは信州に塩を運んだ「塩の道」の南ルートである秋葉街道だった。東海道のように往来でにぎわいのあった道筋ではなく、険しい山道に生活の糧を頼っていた近世の姿をそのままとどめている。青崩峠は武田信玄の死出の戦いとなった三河侵攻の峠道として歴史上のハイライト地点でもあり、歴史ファンも足しげく通う。

そのような秘境的なムードと歴史的な趣のあった険しい峠道が、近年は「パワースポット」を目指す多くの人々でにぎわうようになった。「ゼロ磁場」という自然の生み出す特異点だとされる分杭峠がその場所だ。今では同じ長野県伊那市にある高遠の桜と比肩できるほど大混雑する観光名所となった。国道とはいえ細い道なので一般乗用車の乗り入れは禁止され、シャトルバスが運行されている。

日本列島を二分する大断層「糸魚川静岡構造線」の上にある国道152号。地球からのエネルギーに加え、今や集まってくる人々のエネルギーにも満ちあふれている。

2011・1・8 記
時事通信社出稿

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