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スマートスーツの開発ヒストリー(1)

スマートスーツの開発をはじめてまもなく20年になります。何回かに分けてスマートスーツの開発の歴史を振り返ってみます。


1.スマートスーツの開発は2006年から

2006年春、北海道大学に助教授として赴任してきたばかりの田中孝之氏(スマートサポート社技術顧問・共同創業者)と農業コンサルタンティング会社を創業してまもない鈴木善人(スマートサポート社代表取締役)との出会いがスマートスーツ開発のきっかけとなりました。

 鈴木が田中に「農業者が高齢化しており、特にスイカやメロン、白菜などの重量野菜を栽培している農家が腰痛に悩んでいる。先生の研究でなんとかならないだろうか?」と話したところ、田中が「これから研究者として北海道に骨を埋める覚悟で来ている。北海道の機関産業に役立つ技術を開発したい。」とアシストスーツの開発に意気投合しました。

 農業の現場で使用することを前提として、バッテリー等で電源管理が用意に確保できること。ビニールハウスや倉庫など狭小な空間での作業や多様な作業に対応し、アシストスーツをつけていることがストレスにならないこと。転倒などの時にとっさの動作を妨げないこと。屋外で利用するため耐候性に優れていること。安価で他の人とも使い回しができること。など、現場の状況や使う人のことを考えた開発コンセプトを練りました。

2.最初のスマートスーツの試作品は北海道のメロン農家用

 最初のスマートスーツは、ゴムベルトを首の後ろから腰にかけて背骨に沿って這わせて、前傾姿勢をとった時に腰につけたウィンチでゴムベルトを巻き上げて張力を発生させるというものでした。身体の外部にフレームを持たず、人の骨格によってアクチュエータ(駆動力)が発生した力を受け止める”内骨格型”としました。

 簡単な試作品を作り、2006年の7月にメロンやスイカを作っている農家を訪問しました。この時期はスイカやメロンの間引きなどの作業中で重量物を持つことはありませんが、ずっと中腰姿勢を保った作業があります。中腰姿勢は自らの上半身の体重が腰にかかり大きな負担が腰痛を発症させることがあります。

北海道のメロン農家での作業分析(2006年7月)
試作品の現場投入(左:田中、右:当時、大学院生だったサトウくん)
スマートスーツ試作1号機によるメロン作業

3.大学の実験室で作業動作をシミュレーション

メロン栽培の農家での作業体験と作業を記録したビデオから、実験室で模擬的な作業動作を再現し、モーションキャプチャで解析しました。これで、作業姿勢と後背部への負担をシミュレーションします。どの姿勢の時にどの程度の補助が必要か計算して、補助力を決定します。

モーションキャプチャのマーカーを身体にたくさん貼ります。
実験室でマーカーをつけた被験者が作業動作を再現し、分析します。

4.衣服(ウエアラブル)なアシストスーツの試作を繰り返す

考案したアシストシステムは、"セミアクティブ・アシスト"と名付けられました。アシスト力を発生させるのは弾性体(ゴムベルト)であり、姿勢や動作に応じてモータがウィンチを回してゴムベルトを巻き込むことで、ゴムベルトが引き伸ばされて、そこで発生する収縮力がアシスト力になるのです。

当時はとあるメーカーさんも参加して開発をしていました。(そのメーカさんとは、その後、袂を分つことになりました。)

このセミアクティブアシストは特許を取得しています。

このシステムを衣服に組み込むために数ヶ月を要しました。最初は首から腰までのベルトだったものを両肩から腰部の上の方で「V」型にする方法を取りました。両肩からのベルトが合わさった下端にワイヤーを接続し、セミアクティブ・アシストシステムで巻き取るのです。

衣服と一体化したスマートスーツ試作機(2006年12月)
モーターによって弾性体(ゴムベルト)を巻き取って、ゴムの収縮力を制御する、セミアクティブアシストを採用しました。

この衣服に組み込んだアシストスーツを着用してモーションキャプチャで動作を解析します。

ストレッチャーを持ち上げる動作をモーションキャプチャで解析しました。

5.スマートスーツの誕生

開発を始めて1年余り、ウエアラブルなアシストシステムとして開発されたスマートスーツはついに現場に投入されます。最初は傾斜地で大根を作付けされている農家さんでした。
この時期に「スマートスーツ」という名称が付けられ、商標も取得しています。当時は、スマートフォンなどもありませんでした。今なら取れない商標です。

大根は1本づつ手で抜いて畝に並べられ、まとめて鉄の大型コンテナに投入されます。作業しているのは中高年の方ばかりで、中腰姿勢と重力物の持ち上げ動作の繰り返しで腰痛に悩まれています。

屋外で作業になるので、水濡れやホコリなどに対応するか、電池はどのぐらい持つかなどを検証しました。

改良されたスマートスーツ
大根を手で引き抜いて畝に並べる作業はずっと中腰姿勢です。(2007年7月)
働いているのは比較的高齢な方で女性もいます。みなさん腰痛に不安を感じています。
畑から集めた大根を鉄コンテナに入れます。大根に傷をつけないように丁寧に扱わなければなりません。
耐候性や電池の持ち、使い勝手などを調査しました。

ちょうどこの時期に、北海道の日高地方で盛んな競走馬の育成にスマートスーツが使えないかを試してみました。競走馬に乗る時には中腰姿勢で体幹を安定化させなければなりません。また、騎乗には馬の状態を正確に把握する技術と経験が必要です。誰でもすぐに馬に乗れるというわけにはいきません。

ベテランの騎乗者が腰痛で休むことなく、安全に安心して馬に乗り続けられることが求められています。

競争馬に騎乗するスタッフのためのスマートスーツの製作(2007年9月)

この時期(2007年)のスマートスーツの開発は鈴木が起業した農業コンサルティング会社の株式会社リープスが担っていました。開発への取り組みが評価され、2008年2月には「札幌銀行中小企業新技術研究助成基金」から表彰状「研究テーマ:農作業用スマートスーツの開発」と賞金100万円を得ることができました。残念ながら今は札幌銀行はありません。これを資金にして開発を進め、2008年10月には田中先生とともに株式会社スマートサポートを設立することになります。

札幌銀行中小企業新技術研究助成基金

6.モータのつかないスマートスーツ・ライトの開発

当初、スマートスーツはモーターという機械的動力をありきとして開発していました。それで”セミアクティブ・アシスト”という新たなアシスト方法を開発したのです。

しかし、現場に持っていくと使用者ごとに調整が必要であったり、電源管理が難しい、。製品化しても価格が高くなってしまう。といった課題がありました。そこで、スマートスーツからモータを取り外し、ゴムベルトのみで腰の負担を軽減できないか開発を始めました。

田中はロボットの研究者です。ロボットの定義とは、センサ、コントローラー、アクチュエータが実装されていることということなので、スマートスーツからモータを外すとロボットではなくなってしまいます。

しかし、現場での使いやすさを優先するために、あえて、モータなしのスマートスーツを開発しました。田中曰く、「ロボット屋が開発したサポーターです。」

スマートスーツを開発する段階で何度も身体や動作を計測してきました。モーションキャプチャなどを用いて何度もシミュレーションを繰り返してきました。バイオメカニクスの観点から導き出したモータなしのスマートスーツは中腰時の背中の体表面長の変化をトリガーにするというものでした。

上半身を前傾させたり、その姿勢でしゃがみこんだ時に、背骨を構成する脊椎が曲がり骨と骨の間の隙間(椎間板)が広がります。またお尻の下の部分の皮膚も伸びます。これらを合わせると直立時と比較して、前屈時には背中の体表面長が10%から20%ほど長くなります。

体表面長の伸びで弾性体(ゴムベルト)を伸ばして、伸びたゴムの持つ収縮力で上半身を持ち上げる力(背筋のアシスト)と、同時にコルセットのようにお腹周りを引き締めるアクションを発生させます。

早速、試作品を作成して、北海道北竜町の田んぼの除草で使ってもらいました。この農家さんは有機農業でお米を作っていて、除草剤を使えないために全て人力で除草をしなければならず、人手もないなか毎日、雑草との戦いが続いていて、腰も痛くなるとのことです。

2008年7月に北竜町の田んぼにて
試作したスマートスーツ(モータなし)
除草作業の様子、ぬかるむ足元で手先を伸ばしての作業は自分の上半身の重さが腰の負担となります。

2008年の夏頃、スマートスーツはモータつきのものと、モータなしのものの2種類を試作するまでになっていました。

当初は農業用スマートスーツを開発していたのすが、この頃から介護や製造業などでも腰痛の問題が顕在化し始め、スマートスーツのニーズの高まりを感じていました。

そして、2008年10月についに株式会社スマートサポートを設立し、後に大学発ベンチャーとして研究開発型企業を運営することになったのです。

(つづく)