「仕組みで解決できることを、やさしさで解決しない。」ってどういうこと? SmartHRが目指すアクセシビリティの理想
SmartHRは「well-working 労働にまつわる社会課題をなくし、誰もがその人らしく働ける社会を作る。」というコーポレートミッション実現に向けた取り組みの一環として、サービスのアクセシビリティ向上や、働く環境のアクセシビリティ向上のための啓発活動に社内外で取り組んでいます。
そして、SmartHRのアクセシビリティについての考え方やこれまで社内外で実施してきた取り組みをまとめたアクセシビリティサイトを2023年7月27日に公開しました!
ウェブサイト全体のメッセージとして掲げたのは「仕組みで解決できることを、やさしさで解決しない。」という一文。本記事ではこのメッセージに込めた思いを交えながら、なぜSmartHRがアクセシビリティ向上に注力するのか、これから何を目指していきたいのかなどを、アクセシビリティに関する取り組みを主導するプログレッシブデザイングループの辻勝利さんと山本順子さんに伺います。
障害当事者でもあるふたりは、どのような視点を持ってアクセシビリティと向き合っているのでしょうか。
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■プロフィール
辻 勝利
株式会社SmartHR プログレッシブデザイングループ アクセシビリティスペシャリスト。先天性の視覚障害者(全盲)で20年ほどウェブアクセシビリティの啓発活動に取り組む。2021年よりSmartHRに参画し、業務システムのアクセシビリティ向上や社内外への啓発活動を行っている。
山本順子
株式会社SmartHR プログレッシブデザイングループ アクセシビリティテスター。Webシステムの受託開発を行っていたが2014年に重症筋無力症と診断され進行のため退職。全身の筋力低下による上肢下肢体幹障害。2019年よりOriHimeパイロットとして活動開始。障害平等研修登録ファシリテーター。2022年SmartHRに入社。アクセシビリティテスターPJにてテストの立案計画やテスターのマネジメントを行っている。
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アクセシビリティ向上によって実現する「誰でも簡単に使える」状態
——SmartHRでは以前からサービスのアクセシビリティ向上と、最近では社内外での啓発活動を行っていますが、なぜアクセシビリティ向上に取り組んでいるのでしょうか。
辻:端的に言うと、ひとりでも多くの方にSmartHRのサービスを利用していただきたいからです。
「誰でも簡単に使える」みたいな宣伝文句ってすでに世の中にあふれていると思うのですが、そのなかに僕のような目が見えない人や、山本さんのように身体が自由に動かせない人はカウントされていないことがほとんどだったりするんですね。「誰でも」のなかに僕たちは入っていないというか。
SmartHRは、導入していただいた企業の全社員が利用するサービスです。ひとりでも利用できない従業員の方がいると、企業としては導入を躊躇することになりますし、導入できたとしてもその従業員の方のために特別な配慮が必要になります。ですから、文字通り「誰でも」使えるようにするためにアクセシビリティの向上を目指す必要があるんです。
もちろん、現段階ではSmartHRのアクセシビリティは完璧な状態ではありません。それでも「誰でも簡単に使える」という状態を目指して機能の改善に取り組んでいます。
——ふたりは現在、どのような業務に携わっているのでしょうか。
辻:「アクセシビリティテスター」というプロジェクトに2022年10月から携わっています。これは、障害を持つ従業員がテスターとなり、それぞれの障害特性を生かしてSmartHRの機能をテストし、問題点を開発にフィードバックすることで製品のアクセシビリティ改善に繋げるというものなんです。
山本:私は辻さんのもとで、このプロジェクトで働くテスターのメンバーをマネジメントしています。
——アクセシビリティテスターのような取り組みを行っている企業は、まだ日本では少ないと思うのですが、どうして実施しようと考えたのでしょうか。
辻:障害者雇用って、健常者がやっている仕事のなかから障害者が取り組みやすいことを切り出して任せるケースが多いんです。でも、それだと働く側はモチベーションを保つのが難しいのではないかと常々思っていました。それをマネージャーの桝田(草一)さんに相談したところ、さまざまな障害がある方に、SmartHRのサービスをユーザーの立場でテストしてもらったらどうかというアイデアが持ち上がったんです。すでにある仕事の一部を切り出すという発想ではなく、その人の特性を生かせる新たな仕事をつくればいいのではないかと。
——確かに、自分がテストした結果によってサービスが改善されていったら、やりがいを感じそうですね。
辻:海外でもAmazonやGoogleでは、自分たちのプロダクトやサービスのテスターが社内にいるんですよ。でも、そういう取り組みをしてる企業って日本にはまだまだ少なくて、これから少しずつ増えていったらいいなと思っています。
——事例が少ないからこそ、試行錯誤することも多いのでしょうか。
辻:本当にいろんなことを考えながら取り組んでいます。最初の頃はテスターに手順書を渡して、これに沿ってテストをして問題があったら指摘してくださいね、と伝えていたのですが、なかなか問題点が出てきませんでした。改善点に気がつくことって、誰にとっても慣れないうちは難しかったりしますよね。そこでファシリテーターとテスターを二人一組にして会話しながらテストを行うようにしたところ、フィードバックがたくさん出るようになったんです。最近はみなさんがテストに習熟してきたので、テスターがひとりでもフィードバックできるようになっています。
今後はSmartHRだけでなく、さまざまな企業でアクセシビリティテスターのような取り組みが行われるようになると、同じ職種同士で勉強会を開催できるようになったりして、お互いに技術や知識を高めたり、テスターをひとつのキャリアとして確立したりできると思うんですよね。そんな将来像を描いています。
思い描くのは、アクセシブルであることが前提の社会
——アクセシビリティサイトでは「仕組みで解決できることを、やさしさで解決しない。」をメインのメッセージにしているのですが、これはそもそも「やさしさ禁止」と辻さんが社内外で常々言ってきたことが起源になっているんです。
辻:そうなんですよね。採用していただいたみたいで、すごくうれしいです。
——ということもあり、なぜ「やさしさ禁止」という考えに至ったのかという経緯をあらためてお伺いしてもいいでしょうか。
辻: 僕は以前、給与明細を紙でしか受け取れない会社に務めていたことがあります。そこでは人事担当者が僕のために毎月Excelに金額を入力して渡すという運用をしていました。それで通常時は給与支給日に明細を受け取ることができたのですが、人事担当者が年末調整などの繁忙期に入ると半月くらい遅れてしまったりするんです。もちろん僕が急かせば対応してくれるのですが、それって不要なコミュニケーションじゃないですか。ほかの社員は当たり前のように給与明細を受け取っているわけですし。
山本:「やさしさ禁止」なんて聞くとすごく冷たく感じる人もいるかもしれませんが、対等に扱われたいという気持ちは誰もが抱くことですよね。
辻:仕組みで解決できることをやさしさで解決しないっていうのは、お互いが対等な立場で仕事をしていくうえですごく大切なことだと思います。
とはいえ、障害者は健常者と同じようには働けない、それは仕方がないことだと考えられることのほうが今はまだ大多数です。だから、目が見えないと紙の手続きはできないから同僚が代筆しなければならないとか、紙の資料は読めないから代読しなければならないとかいう考えになる。
でも、それによって何が起きるのかというと、無意識のうちに上下関係みたいなものができてくるんです。「あの人は障害を持っていて、かわいそうだからしょうがないよね」みたいな感じで。しかも対応したことで、いいことをしてあげた感が出るじゃないですか。おまけに手伝ってもらっている側は、わがままを言ってはいけない空気みたいなものもありますし。
——難しいのは、その人たちもよかれと思ってやっているということですよね。
山本:そうなんですよ。でも、やさしさはときに人を傷つけることもあります。たとえば私は家で寝たきりなのですが、その状況に対して「かわいそうだね」と言われるとすごく嫌な気持ちになるんです。私だってひとりの人間だし、みんなと同じように楽しく生きていきたい。それはほかの障害者も同じことだと思います。
結局は、自分が障害者になったときにどうなのかっていうことなんですよね。でも、本当に申し訳ないんですけれど、私自身、40歳を過ぎて自分が障害者になるまではアクセシビリティのことなんて1ミリも考えていませんでした。
辻:多くの人は、世の中に障害を持つ人がいて、その人たちが大変な思いをしていることは何となく知っているけれど、自分が障害者になるとは考えていないと思うんですよ。でも、可能性はゼロではないじゃないですか。
山本:障害者でなくとも、年齢を重ねて老眼になったら細かい字は見えなくなりますし、手が震えるようになったらマウス操作も難しくなります。そんなふうに考えると、アクセシビリティって実はすごく身近な問題なんですよね。自分だけではなく、親や子供が関係してくることもありますし。
辻:僕、講演をするときに「みなさんは自分がつくっているプロダクトやサービスが好きですか?」って尋ねるんです。そうすると、大体の人が手を上げます。でも、「目が見えなくなっても自分たちのプロダクトやサービスを使いたいですか?」と尋ねると半分ぐらいに減るんですね。それくらい世の中の大半のものは“今使えればそれでいい”という状態でつくられています。だから、前提を変えていくだけでも社会は大きく変化していくと思うんですよ。
——いろんなことを自分事化していくと、アクセシビリティに対する考え方も変わっていきそうです。
辻:僕は「どうすればアクセシブルになりますか?」という質問を受けることも多いのですが、選択肢をひとつでも増やしていくことが答えのひとつになるんじゃないかと思っていて。選択肢がひとつしかない状態だと、それが利用できない人は排除されてしまいますよね。入社手続きが紙でしかできない状態だと、僕のような紙を使えないユーザーは対応ができないわけじゃないですか。でも、デジタルでも対応できるようになったら、音声入力を活用して手続きを進められるかもしれません。
山本:私、過去に手を骨折したことがあって。そのときにディクテーションという音声入力の機能を活用して書類を作成したことがあるのですが、ものすごく助かりました。それも選択肢があったからできたことで。しかも、これは障害者にかぎった話ではなくて。私のように怪我をしていたり、子供を抱っこして手が空けられなかったりする人でも音声を活用すれば対応できるわけですよね。
辻:選択肢が増えれば、それだけで利用できる人も状況も増えると思うんですよ。アクセシビリティは障害者にだけ関係があるものというわけではないので、そういう社会を実現できればいいなと考えています。
気づかないけど存在する、さまざまなバリア
——SmartHRのアクセシビリティへの向き合い方については、障害の「社会モデル」の考え方も背景にありますよね。この「社会モデル」とはどういうものなのでしょうか。
辻:僕なりの解釈になりますが、前提として障害の捉え方として「医療モデル」と「社会モデル」のふたつが存在します。まず、運動機能障害があって車椅子に乗っているとか、耳が聞こえないとか、個人が持つ障害を特性として捉えるのが「医療モデル」です。一方の「社会モデル」は、社会の仕組みの側に障害があると考えます。たとえば、紙の書類しかないから手続きができないとか、コンピュータを操作できないからサービスが利用できないとか。
山本:日本では「障害者」と「障害」を同じような意味で捉えてしまうことがあるのですが、社会モデルで考えると本当は別物なんですね。「障害者」は心身に機能障害がある個人を示す言葉ですが、「障害」は環境や人の態度による障壁によって障害者の社会参加が制約されることを指します。
多くの人は気づかないと思うのですが、家から一歩でも外に出るとバリアだらけなんですね。ほかの人と同じように働いたり、生活したりすることが当たり前にできたらいいなと思う一方、障害者には難しいことなんです。
辻:物理的なバリアもそうですが、心のバリアっていうとあれですけど、人と接するのがつらくなることもありますよね。外出したときにものすごく嫌なこと言われることもありますし。
山本:私は2022年の12月に入社したのですが、驚いたことがひとつあって。「障害者の〇〇さん」とか「障害者だから……」と障害者であることが前提のコミュニケーションが、SmartHRにはないんですよ。不思議に思って、いろんなメンバーに聞いたことがあるくらい。辻さんはどうしてだと思いますか?
辻:会社が障害者を特別扱いしていないというか、健常者と同じような感覚で接している雰囲気があるんですよね。
これは僕がよく話しているエピソードですが、SmartHRに入社したときに人事のメンバーに「『同僚の辻さんです』と紹介されたいですか? それとも『目が見えない辻さんです』と紹介されたいですか?」と聞かれたんです。そんな対応をされたことが一度もなかったので、すごく感動しました。
それまでは「目が見えない辻さんが入社されました。困っているところに遭遇していたら、みなさん気軽に声をかけてくださいね」と上司から紹介されることがほとんどでした。でも、それだと僕がいつも困っている人みたいに見られるわけじゃないですか。それは本望ではないですし、困っているときは困っていると自分で言うから選ばせてくれと思うんです。
だから、普通の同僚として紹介してもらえることがうれしかったし、この会社に入って本当によかったと思いました。
——社内にそういう風土があるからこそ、アクセシビリティに対する取り組みが浸透しているのかもしれないですね。ちなみに、障害者を取り巻く状況は変化していると思いますか?
辻:SmartHRで働くようになってから、もしかしたら世の中を変えていけるんじゃないかという希望を持てるようになったんですよ。一方で、まだまだ実現は遠いと感じる瞬間もあります。
障害者を雇用しているSmartHR導入企業の方にヒアリングをしていると、「障害者は難しい処理ができないから、フォームをもっとシンプルにつくる必要があると思うんです」と言われることがあって。
そういう話を聞くと、社会ではまだまだ多くの人が漠然と「障害者=手がかかる人たち」という印象を持っているんだなと悔しくなるんですよね。「障害」と言っても人それぞれなので、本来は難しい処理が得意かどうかと障害の有無は直接的に結びつかないはずなんですけれど。そんな状況を少しずつ変えていきたいと思います。
——そのために、辻さんがこれから取り組んでいきたいことはありますか?
辻:啓発活動の一環としてアクセシビリティに関する社内研修を毎月開催しているのですが、その影響からか最近はさまざまな部署にアクセシビリティに興味を持ってくれるメンバーが増えている実感があって。アクセシビリティというキーワードが社内のSlackで頻繁に飛び交っているんですよ。これから先、SmartHRはメンバーがさらに増えていくことが予想されますが、新たに合流した方々にもアクセシビリティの重要性を伝えていければと考えています。
あと、社外への啓発活動も積極的に行っていきたいと思います。最近、「働くの学び舎」というプロジェクトで学生に向けてアクセシビリティに関する講義を行う機会があるのですが、実際に僕がスクリーンリーダーを使ってウェブを閲覧するデモンストレーションを行うと、「これからはサービスを使うときにアクセシビリティに目を向けてみたいと思った」などいろんな感想をもらうことができてすごく励みになるんですよ。
世の中のアクセシビリティを高めていくためには、多方面からアプローチしないといけないのですごく大変ですが、継続的な働きかけをしていきたいと思います。
——では、山本さんはいかがでしょうか。
山本: 2023年3月に障害者雇用促進法が改定されたことで、企業が障害者を率先して雇用していく機運が高まっているんですね。でも、障害者を雇っても任せられる仕事がないとか、人事のシステムが障害者に対応していないとか、いろいろ課題が出てくると思うんです。そういう企業にこそSmartHRを使っていただけるように品質を高めていきたいですし、SmartHRがあるから障害者でも働きやすいんだという環境をつくっていければいいなと考えています。
私自身は幸運が重なったことで今の仕事に携われているという実感があるんですね。出社することが前提になったら、家から一歩も出られない私はどうすることもできないですから。
でも、リモートワークが普及して家でも仕事ができるようになったことで、やりがいのある仕事に出会うことができました。これって数年前だったら夢のまた夢だったんですよ。だからこそ、働きたい人が働ける世の中にするために、自分にできることを積極的に取り組んでいきたいと考えています。
最後にお知らせです 📝
2023年7月27日に公開されたアクセシビリティサイトには、製品のアクセシビリティに関するフィードバックフォームを掲載しています。SmartHRを日頃利用されている方で、何かアクセシビリティの観点で気になることがありましたら、ぜひご連絡いただければありがたいです。
またSmartHRでは、この記事にも登場したアクセシビリティテスターを募集しています。下記ページより職務内容をご確認いただき、ご興味を持たれた方はぜひご応募ください!
https://open.talentio.com/r/1/c/smarthr/pages/72382