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「待たない」動きで事業の成長に貢献するーSmartHRと「矛盾の内包」#1
組織が急拡大し、事業の複雑性も増していく「スケールアップ企業」というフェーズ。
このフェーズにおいて、さらなる組織や企業の成長のためには相反する要素を同時に追求しながら目的へと率いていく、「矛盾の内包」が必要と言われます。
この記事では、実際にSmartHRの社員がどんな矛盾にぶつかり、葛藤・挑戦し、そして矛盾を乗りこなしているのか、そのリアルに迫ります。
第一回は、法務ガバナンス本部 ビジネス法務部の上原慧さんにインタビュー。コーポレート部門における「矛盾の内包」と挑戦について聞きました。
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上原 慧 さん(@uepon)2015年に弁護士登録。企業法務を中心とする事務所に就職し、一部上場企業から中小企業にわたる多様な企業法務業務を経験した後、2020年に2人目の弁護士としてSmartHRへジョイン。現在はビジネス法務部のマネージャーとして、社内からの法律相談対応、データプライバシー、リスク・コンプライアンス、インシデント対応、知財をメインに担当している。
企業がスケールアップしていく中で発生する「矛盾の内包」
ー普段の業務の中で、「矛盾」を感じることはありますか?
上原:企業の成長・発展への法務の貢献と、法律やお客さまの納得感は矛盾をはらむ可能性を常に秘めているものだと思っています。たとえば、データを活用したい社内の動きと個人情報保護法、また、たとえ法律に反しておらずとも勝手にデータを使われたくないお客さまの納得感は常に衝突する可能性があります。
SmartHRとして、さまざまなデータが溜まっていることは強みの一つです。お客さまへのさらなる価値提供のために、データの活用を推し進めたい社内のニーズもよく理解できます。
一方で、データ自体はお客さまからお預かりしているものであり、SmartHRが好き勝手に使っていい性質のものではもちろんありません。ただ、それを理由にさまざまな動きにすべてストップをかけてしまうと、会社としての成長も、お客さまに提供できる価値の幅も狭めてしまう。しかし、適法であれば何でも手放しで認めることもできない。法務の立場から、そこのバランスを探り、この矛盾をどう両立させていくかは常に考えています。
―内包しなければならない矛盾なんですね。実際に、どのように両立を図っているのでしょうか?
上原:違法なことを認めるわけにはいかないので、個人情報の取り扱いは、法律的に問題がないかをまず検討します。その上で、検討した中のどの整理、説明ならお客さまに納得してもらえるかを考えています。
適法性を持って説明責任を果たせる状態にしつつ、お客さまの納得感を醸成することで両立を図り、成長機会や価値提供の機会を逃さないようにしています。
場合によっては、お客さまに個別に確認を取りながら進めていく場合もありますね。
―バランスが取れる状態を作るために、仕組み上の工夫はありますか?
上原:先ほどお話ししたデータ活用の例でいうと、新規プロダクトの企画の最初期の段階から法務が関わるプロセスを入れています。法務が果たせる役割や価値を伝えたうえで、法務相談を開発フローに組み込んでもらう。そうして確実にステップを踏むことで、取り逃がしをなくしています。
仕組み以外では、日頃から事業の動きにアンテナを張っておくことが大切だと思っています。経営会議などに企画が上がってくる段階からチェックするなど、自分から情報を取りに行くこと。相談を待たず、新規プロダクトが生まれそうなことを察知したら自分からその状況をキャッチアップ・ウォッチし情報を把握しておく。それにより事業への貢献スピードも維持できると思います。
―できていないことはありますか?
上原:今のトレンドでいうと、AIの理解を法務としても進めないといけないと思っています。AIの活用についてはもはや避けられるものではありませんし、SmartHRとしてもAI技術の活用を推進しています。(参考:https://tech.smarthr.jp/entry/smarthr-and-ai)
そんな中で、法務がAI自体を理解していないと、相談にピンポイントで回答することが難しくなり、コストも時間もかかります。また、理解が及ばない点があるほど法務の判断はセーフティ側に寄りすぎてしまう可能性があるんです。判断が保守的になりすぎると、ストッパーをかけてしまうことにもなり得ます。
そのため、法律だけでなく周辺のトレンドや、世間的な受け止められ方を把握し、解像度を上げて自信を持って大丈夫と言える体制を作っていかねばと思っています。
SmartHRがこれから登る山道を、安全な道にしていきたい―コーポレート部門に求められるマインド
―今、法務を含めたコーポレート部門に求められる役割やマインドについて、上原さんの考えを教えてください。
上原:マインドとしては、「コーポレート」という枠にとらわれすぎないことが大切だと思っています。「事業成長をコーポレートの側面から後押しする役割」ととらえ、事業成長のために必要なときは、法務やコーポレートの枠におさまらずリスク管理という役割を全うする。スマートではなく、泥臭く取り組むことが求められると思っています。
事業成長という目的に合致するのであれば、まずはやってみる、思い込みにとらわれずチャレンジするに限ります。ただ、こう表現をすると「攻めのコーポレートが重要だ」と捉えられがちですが、しっかり守備を固めたうえで攻めがあるべきだと思っています。
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上原:また、普段から意識していることとしては、「誰にも気づかれないくらいの優しさで、事業に皆が集中できるように整備をする」ことです。誰にも気づかれない、つまり感謝されないくらいの先回りで色々と整備していきたいと思っています。
転んでから助けると感謝してもらえますが、そもそも転ばない状態を作ることができれば一番良いと思っています。助けられたことにも気づかないし、当然感謝されることもありませんが、転ぶことがなければ、怪我に怖がることなく挑戦できる。
たとえばリスクが発覚した後に法務に相談しても、どうしてもそのリスクが気になって意識が割かれてしまいます。発覚する前からそのリスクを排除してあげて、ビジネスサイドやプロダクトサイドのみなさんが事業にだけフォーカスできる状態を作るのが、法務だけでなくコーポレート部門のあるべき姿かなと思いますね。
まだまだ私たちは高い山登りの途中ですが、その山登りの道を安全な道にしていく、そんな心意気です。
―「先回りをする」ために必要とされるものはどんなことでしょうか?
上原:自ら情報を取りに行くということもそうですし、いろいろな人とコミュニケーションをとることも必要だと思います。どんなことで困っているのかをやんわりさまざまな場所で把握しておくと、そこから課題などの予測ができると思っています。
また、情報を取りに行くというのは社内に限った話ではありません。私たちより少し先に進んでいる企業だったり、海外の事例だったり、本を読むでも話を聞きに行くでも、いろいろな形で学習をしていくことが必要だと思います。
“アクセルを踏み続ける”ために。スピードとリスクマネジメントの両立
―スケールアップ企業では、“アクセルを踏み続ける”必要があります。上原さんが感じる課題感や難しさ、葛藤などをお聞かせいただきたいです。
上原:まず、急成長する今のフェーズでは気軽にブレーキは踏めない状況にあります。法務としても、中途半端な検討でNOを出すわけにはいかない。検討に検討を重ね、プランC・D・Eも出し検討し尽くしてはじめてブレーキが踏めます。検討のスピードを上げつつ、クオリティを担保するのはとても難しく、チャレンジングな環境だと思います。
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上原:もう一つは、アクセルにもブレーキにも言えることですが、それを踏んだときの責任についてです。現在、自分の判断が与える会社の意思決定やサービス自体への影響も大きくなっています。そのおもしろさ、やりがいも強く感じる一方で、その怖さや責任の重さを忘れてはいけないと思っていて。自分の判断がそのまま会社としての意思決定になるし、 自分の「やらない」の判断で売上の予定が消えることもある。難しいですが、それでもアクセル・ブレーキを踏む“恐れ”に負けたくないと思っています。
そして、アクセル・ブレーキの判断を自信を持って行うには、相応しいだけの準備や調査・検討をやり尽くすことが必要だと思います。
―検討を尽くしつつ、スピード感を維持する必要もあると思いますが、スピードを上げていくためにどのようなことを行っていますか?
上原:スピードは意識だと思うので、スピードが価値であることを常日頃から意識していますし、周りにも意識してもらっています。「待たない」動きをどんどんやっていき、自分から課題を探しに行ってもらって、スピード云々の議論にすらならない状態にしています。
一方、仕組みの面で今後やっていかなければならないことはナレッジマネジメントだと思っています。せっかくたくさんの事例が蓄積されているので、整理し体系的にすることで車輪の再発明を避け、リソースの最適化に注力していければと思います。
「スケールアップ企業」を飛躍させる意識改革を起こす
ーさらなる成長・ギアチェンジのためにやりたいことはどんなことでしょうか。
上原:会社という観点からは、「スケールアップ企業」がさらに飛躍するために全社的な意識改革を起こしていきたいと思っています。
数人、数千人、数万人と会社の規模が変化していくうえで、変わっていくべき価値観があると思っています。もちろん、カルチャーやバリューの根幹など、変わらないものもあると思います。しかし、自分たちとしては何も変わらないつもりでも、世間からの見え方は確実に変わってきていますし、同じ事象が起きたとしても企業規模によって社会の受け止め方は変わっていきます。それを自覚して意識を変えていかないと、世間とのギャップが生まれてしまうので、フェーズに合った基準のアップデートが必要だと思っています。
そして、今その意識変革ができるフェーズにいることがとても貴重だと思っています。スケールアップ企業ならではの素晴らしい挑戦の機会ととらえていますし、急成長を成し遂げ、今後も成長していく企業でないとできないと思いますね。
―個人的な目標はありますか?
上原:代表取締役になることですね(笑)
というのは冗談ですが、マインドとして「自分がCEOだったらどうするか」という視点で考えることが大事だと思っていて。そういうふうに考えると、何一つ他人事ではないと思えますし、その視点から考え続け、学び続けていきたいと思っています。