「わかりやすさ」を追求し、SmartHRの強みをつくる―UXライティングの意義と現在地
SmartHRには、UIやヘルプページなどユーザーが触れるコンテンツの品質を高める役割を担うUXライティング部があります。「一貫性のある・わかりやすいコンテンツを作り、探しやすく配置することで、ユーザーと社内の誰もがつまずかずに業務を完遂できるようにする」というビジョンを掲げて、わかりやすさ、使いやすさの面からSmartHRのプロダクトを支えるUXライティングの意義について、部を率いる大田洋輔さん、そしてCPO安達隆さんが語ります。
SmartHRにおけるUXライティングの重要性とは?
—まずはお二人から簡単に自己紹介をお願いします。
安達:CPOの安達です。プロダクト開発組織の責任者をやっておりまして、SmartHRのマルチプロダクト全体の中長期の方向性を決める役割、そしてプロダクト開発組織の組織づくり全般を管掌しているポジションです。
大田:UXライティング部マネージャーの大田です。UXライティング部は、プロダクトのUIテキスト全般、ヘルプページなどユーザーがSmartHRを利用する上で必要な情報全体を管掌する部署です。
—大田さんは2018年にSmartHRに入社して、その後UXライティング部を立ち上げました。UXライティングの専門部署があるのは世の中でも珍しいことなのでしょうか。
大田:海外では珍しくはないですが、日本国内だとまだ多くはないと思います。正確な数は把握していませんが、国内でおそらく10社程度のレベルだと思います。
UIテキストやヘルプページなどのコンテンツは、開発の後工程に置かれ、最後に書かれることも多いと思います。でも、ユーザーに情報を伝えるための戦略や設計をプロダクトに反映するには、そのタイミングでは遅く、できることが限られてしまいます。わかりやすいプロダクトを作るためのアクションを手遅れにしないために、UXデザインの5段階モデルでいう要件や構造の段階でのコミットが必要になります。
また、プロダクトの規模がある程度大きくなることで生まれるニーズもあると考えています。機能が増えて複雑化すればその分ユーザーにとってはわかりにくさが増しますし、複数の機能を総合的に見て、統一をはかる人が必要になります。
海外では日本よりもデジタルプロダクトの発展が進んでいたこともあって、「コンテンツを手遅れにしないために、より初期の段階から開発にコミットする動き」や、「複数プロダクト間の統一」のニーズがあったのではないでしょうか。日本も後を追うかたちでニーズは高くなっていくだろうし、そうなれば嬉しいなと思っています。
—大田さんがUXライティング部を立ち上げたのはどんな経緯だったのでしょうか?
大田:私がSmartHRに入社したときには、UXライティングのチームはありませんでした。私はカスタマーサポートのポジションで、ユーザーの問い合わせ対応をしながらヘルプページをつくっていました。前職は編集者だったこともあって得意な分野だったのですが、そのうち「大田は言葉をわかりやすく書ける人だ」と、開発チームのメンバーから、新しく開発する機能のテキストを一緒に考えてもらえないかと声がかかるようになりました。
自分自身も当時、カスタマーサポートの立場でプロダクトを見ていて、もっとここがわかりやすくなればユーザーは問い合わせをしなくていいのに、みんな嬉しいのに、と常々感じていて。プロダクトをわかりやすくできるチャンスをもらえたことは、すごく嬉しかったです。何回か同様の依頼をもらうようになって、これは継続的にやっていきたいし、正式な仕事の一つにしようと考えて、海外事例なども参考にしてUXライティングチームを立ち上げました。
—それが今のUXライティング部に成長したんですね。UXライティングの必要性は、ユーザーにとってわかりやすいものにするというのが起点ではありますが、さらにプロダクト設計全体で見たときにはどういう役割を果たしているのでしょうか?
大田:「わかりやすい」ということはユーザーがプロダクトを使う際に感じるストレスが少ないということになるので、プロダクトに愛着を持ってもらえて、使い続けてもらえる理由の一つになります。
そして今のSmartHRにとって重要なのは、マルチプロダクト戦略を進めていく上で全体を見渡した概念や文言のクオリティコントロールができるという点です。SmartHRではたくさんの開発チームがそれぞれに自律性をもって開発を進めていますが、その過程で個別最適化して、同じものに対してこっちのプロダクトとあっちのプロダクトで違う名前をつけている、という状態も生まれてきます。それはユーザーにとってはストレスになりますよね。マルチプロダクトで開発を進めていく際には、横串を通して全体を整える専任チームが効果的に機能します。
—個別のUXも見ながら、SmartHR全体を整える役割も担っているんですね。どういう体制であたっているのでしょうか?
大田:UXライティング部には、UXライター、サポートコンテンツライター、サポートコンテンツマネージャーという3つのポジションがあります。UXライターは主に、PMやPMM、エンジニア、デザイナーなどと連携して、プロダクトのUIテキストやそれに紐づくコンテンツの情報設計をやるのが仕事です。サポートコンテンツライターは主にカスタマーサクセスやカスタマーサポートと連携して、ユーザーからの問い合わせなども見ながら、FAQやヘルプページなどのテキスト整備を担います。
最近できたのが最後のサポートコンテンツマネージャーです。これはマルチプロダクトが進むに伴って新設したポジションで、2023年にできました。個別プロダクト軸ではなく、サポートコンテンツの共通基盤を作るチームです。
UXライターはプロダクト開発にどうかかわるのか
—安達さんはCPOとして、UXライティング部の働きについてどのように見ているのでしょうか?
安達:基本的にはお任せです。特に僕から何か軌道修正したりディレクションしなきゃ、と思うことはないですね。うまく事業全体にアラインしてくれています。
ただ過去に、これはどうしようかなと思っていたことがあって。
UIテキストやヘルプページをUXライターがちゃんと書く、あるいは監修するプロセスを経ないとリリースできない状況になっていた時期が一瞬あったんです。
それはちょっと違うんじゃないかなと。もちろん完璧な状態でユーザーに提供できるのはいいことだけれど、一方で少しわかりにくいテキストが残っていたとしても、早くユーザーに使ってもらえるほうがいい場合もあるわけです。でも、その後チーム内で話し合って、リリースしてから後追いでテキストを修正していく選択肢もとってくれるようになりました。
UXライティング部が“テキストの門番”みたいになってしまうと、そこがボトルネックになるリスクもあります。そこは柔軟に、求められているスピード感にアラインして対応してくれるのはすごくありがたいですね。
—必ずしもUXライターがすべてを書き、チェックしなくても開発が進むようにしているそうですね。
大田:はい。最初のうちはUXライターもエンジニアやPMと同じように、開発者の一員として開発チームに入っていたんですよ。でもそうすると開発チーム総勢12名、みたいな大所帯になってしまって。ミーティング一つ設定するにも全然時間が合わないなど、コミュニケーションコストがすごく上がってしまったんです。
そこでエンジニアのVPとも話して、やり方を変えました。イネイブリングチームといって、UXライターやデザイナーは後方支援的な関わり方をし、開発チームにライティングやデザインの職能やスキルを委譲して開発を進めるようシフトしたんです。そうして開発のスピードを落とさず、スケールもできるように体制を整えていきました。
ただ開発チームに委譲することで、先ほどの安達さんの話にあったように、テキストに改善の余地がある状況はどうしても生まれます。だからといってリリースブロックするのではなく、後から直せるようにして速さと品質を両立できる体制にしています。
そういう体制の中で、UXライターとしてできることはなんだろうというのは常に考えています。実装できる範囲を増やすために勉強したり、開発チームが意思決定しやすいように提案したりというケースも増えてきました。
—UX“ライティング”といっても、ただライティングするだけではない、多様な動き方をしているんですね。
大田:ライティングも実装に関わるのも、わかりやすいプロダクトを届けるための手段の一つだと思うんですよ。「ライター」というと書く人というイメージが強いかもしれませんが、イネイブリングチームになってからは、直接テキストを書くことはどんどん減っています。
安達:ディレクターに近いかも。
大田:そうなんですよね。似たような動きをする人に「コンテンツデザイナー」や「コンテンツストラテジスト」という名前がついていることもあります。この役割をなんと呼ぶのかは、いつも悩ましいですね。もっといい呼び名があったら、UXライターとは別の名前に変えるかもしれないです。
SmartHRのプロダクト開発思想におけるUXライティングの意義
—ここからは、SmartHRというプロダクトの開発において、UXライティングとはどのようにあるべきか、お二人の考えを聞いていきたいと思います。
安達:SmartHRのプロダクトの強みの一つとして「わかりやすさ」は間違いなくあります。競合との比較でも評価の声としていただけるのは「わかりやすいよね」「これなら従業員もわかりやすく使えそう」「DXというと難しそうだけどこれなら導入してみます」といったものがとても多い。SmartHRにとって「言葉」は強みであり、僕たちが考え抜いているところでもあります。そういう意味では、UXライティングは我々の強みの一つだと言えます。
—「わかりやすい言葉」はSmartHRの強みに直接つながるんですね。
安達:業務用のソフトウェアって、マニュアルを読むのが当たり前の世界なんです。基本的には渡されてもそのまますぐには使えない。マニュアルを読み込んだり、学習コンテンツで勉強したりして初めて使えるようになる。そういうものだと思われています。もちろん我々のプロダクトも100%マニュアルを見ずに使えるかというと、そこまでは到達できていません。ただ、できるだけマニュアルを見なくても使えるようにするというのは大事にしているポイントで。
例えば画面上に2、3行、簡潔に説明のテキストが添えられているだけでスムーズに操作できることってたくさんあるんですよね。ヘルプページで言えば、ページを別で開いてわからないことを検索しなくても、ちゃんとプロダクトの画面の中に該当するヘルプページのリンクがあって、詳細を知りたければクリックすればいい。リンク先がきちんとメンテナンスされていて、常に最新の状態になっている。めちゃくちゃ基本的なことなんですけど、その2、3行、ひとつのヘルプのリンクが、ソフトウェアの使いやすさに確実に影響を及ぼすわけです。そこに対して責任を持つチームがいるというのは、CPOである僕の立場からすると、すごく安心感があります。
—大田さんは、わかりやすさをUXライティングで担保することについてどう捉えていますか。
大田:UXライティングはバランスが重要だと考えています。ユーザーに必要な情報を全部書けばいい、というわけではないですから、本当にユーザーにとって必要な情報はなんなのかを理解する必要があります。そのためにUXライターに求められるのは、単に文章が上手だとか、整理するのが得意といった能力だけではない。エンジニアやPMと同じように、プロダクトのドメインを理解し、ユーザーの業務を理解した上で最適解を導き出す必要があります。ときには解決策として、テキストの変更だけでなく、仕様やロジックの変更が必要になる場合もあります。その際にちゃんと開発チームに対して提案できる状態であるためには、プロダクト開発の知識やデザインの知識も必要です。
安達:実際にUXライターから開発チームに対して、「このUI変えたほうがいいですよ」といったフィードバックをすることはあるんですか。
大田:ありますよ、そんなに多くはないですけど。今、UXライティング部では、UXライターのコミットメントを増やしていこうと「マシマシプロジェクト」というのを推進してるんです。ちょっと名前は面白い感じですけど(笑)
最近あった例で言うと、カスタマーサポートから「ある特定のエラーメッセージに対して問い合わせが増えています」という報告があって。エラーメッセージを変えたら問い合わせが減るんじゃないかと相談されたんです。でも検討していったら、そもそもその機能の仕様を変えたほうがいいんじゃないかという議論になりました。それをUXライターが整理して開発チームに提案したら、「確かに」ということで実装に至ったことがありました。
安達:それ、めっちゃいいですね。
大田:こういうのを増やしていく取り組みを「マシマシプロジェクト」と呼んでいます。
安達:UXライターだから全部テキストで解決します、という考えではなくて、言葉を増やしたり変えたりするよりも仕様を変えたほうがわかりやすいよね、と発想して提案できるところがすごく大事だと思っていて。外部に委託するのではなく開発チームにUXライターがいる意味はそういうところにあると思います。
—ある一面だけ見て調整するのではなく俯瞰で見渡してよくしていくのは大切なことですね。それこそマルチプロダクト戦略が進んで新しいプロダクトもどんどん追加される中、既存のプロダクトを振り返って変えていくことも必要でしょうし、全体を見ながら進める必要がありますね。
大田:それは最近ホットな課題でもありますね。例えば「権限」と名前をつけられた概念があったとして、SmartHRの基本機能とオプション機能で「権限」と呼んでいる対象やできることが微妙に異なっていたりします。わかりにくい部分として直したほうがいいのは確かなんですが、ほかの開発より優先してやるべきことなのかは考えなくてはいけません。またユーザーからすると、ちょっと違和感を持ちながらだとしても、すでに使っている機能なので、変更すると一定の負荷にもなります。「権限」については、共通の権限基盤がないとマルチプロダクトが今後立ちゆかなくなりそうという共通認識ができたので、権限基盤の開発チームと一緒に、概念と名称を整理していこうとしています。
—今ある課題と、プロダクトの開発全体の流れを見ながら調整しているんですね。
安達:そこは全体でポリシーやルールがあるというよりは、現場でバランスを見て、いい落とし所を見つけていくカルチャーがありますね。UXライターに限らずですが。
—マルチプロダクトでさまざまな開発が進む中、現場主導で空中分解せず全体の最適を保つ秘訣はなんですか。
安達:会社のオープンでフラットなカルチャーが前提としてあることが肝ですね。社員みんなが会社や事業の状況をわかっていて、どこにフォーカスすべきかもわかった状態で、その上でどう動くかは各自に委ねられている。UXライティングにおいて、「厳密に言えば修正したほうがよい部分があっても、今の会社の状況を考えるといったんは許容しよう」と優先度をつけられるのは、全体の情報や方針の共有が徹底されているからだと思います。
大田:現場の視点でいうと、SmartHRにはデザインシステムがあるからというのもありますね。全プロダクト共通の、考え方のガイドラインの集積がデザインシステムなのですが、そこにUIもライティングもガイドラインがあります。どの開発チームもそれを参照しながら作っていくので、バリエーションはありながらもまったく違う方向性にはならない仕組みになっているんです。
「わかりやすさ」と「言葉」を大切にすること
—ここまでお話を聞いてきて、SmartHRがプロダクトの質を高めるものとして「わかりやすさ」、その道具としての「言葉」を大切にしていることが改めてわかりました。ここでお二人に「わかりやすさと言葉」についてもう少しお聞きしたいです。
安達:人間の思考って言葉なので。人に何かを伝えるツールは言葉以外にもいろいろありますが、どう伝わってほしいか、どこを伝えるかを突き詰めていけば、当然言葉の正確性はとても大事です。
もともと個人的にすごく言葉にはこだわりがあって。自分がプレイヤーとしてPMをやっていた頃は、すべて自分でテキストを書いていました。私たちは日常的に言葉を使っているので誰でもそれなりにライティングができると思いがちですが、わかりやすい文章を書けるかどうかは実際のところかなり個人差があります。
もちろん社内でもスキルを身につけてもらうサポートは惜しまないですし、みんな努力してくれています。それでも多少のばらつきが出てしまうのは致し方ないことです。だからこそUXライティング部をはじめ、一定のクオリティを担保する人がいるって、僕にとってはありがたいことなんです。いなかったら多分僕はもう、すべての言葉一つひとつが気になってしょうがないと思うんですよね(笑)
安達:SmartHRの創業者の宮田さんも、すごく言葉にこだわりのある人ですね。以前のSmartHRのバリューに「一語一句に手間ひまかける」と入れるくらいでした。それもあって、SmartHRは言葉のクオリティを重視する共通のカルチャーが浸透していると思います。それは今でも受け継がれているし、ユーザーが評価してくださっている、SmartHRのプロダクトの「わかりやすさ」にもつながっているんだろうなと思います。
大田:抽象的な表現になってしまいますが、ものづくりでは手触りが大事だと思うんです。手で触るものであれば1ミリ、言葉であれば1文字であったとしても、ユーザーに対するメッセージになります。SmartHRというブランドへの信頼や愛着は、あらゆる接点で作られるし、失われもします。
「意味としては通じるけどなんだかしっくりこない言葉」なのか「すっと受け止められて行動につながる言葉」なのか。SmartHRのプロダクトでは、自然に使える、言葉もすっと理解できる、そういう印象を持ってもらって、もっと好きになってもらえたらいいなと思いますね。そのために言葉一つひとつをとっても、信頼に足るものを作っていく必要があると思っています。
日本のSaaSの「わかりやすさの基準」となり、日本の生産性を上げていく
—UXライティングに興味を持っている人に向けて、メッセージをお願いします。
安達:僕たちみんな、これまでお話ししてきたような理想を掲げてはいるんですが、実際はわかりにくい文言や、統一されていない表現はまだまだあります。本来このくらいのレベルでやりたいというのを10とすると、多分まだ5とか6までしかできていないんです。
SmartHRは日本を代表するSaaSになりたいと思っています。日本で働く多くの人が使うSaaSがわかりやすければ、他のわかりにくいプロダクトを使ったときにユーザーはきちんと不満を感じられるようになります。そうすれば日本全体で、ソフトウェアに求められるわかりやすさの基準が上がっていくと思うんです。それを実現したいと考えています。
僕自身もいち消費者として生活していて、わかりにくいUIに遭遇することが本当に多くて、「なんでこんなにわかりにくいんだろう」と怒りにも似た感情を抱きます。そういう現状に対して、SmartHRから「このわかりやすさがスタンダードです」と示していきたい。もちろんその高い目標に対して、僕たちもまだまだです。今後も力を入れて取り組んでいくので、一緒にやってみたいという人を待っています。
大田:今は日本に10社程度しかないUXライターのポジションですが、SaaSの開発にはUXライターが必須だよね、という状態にまでもっていきたいですね。そのためには、SmartHRが「わかりやすさ」のトッププレイヤーとしてリードしていく存在にならねばと考えています。
日本のすべてのSaaSがわかりやすくなることは、日本全体の生産性が上がることにつながると思っていて。そのためにSmartHRのわかりやすさの質を100点に近づけていけるよう、日々がんばっています。今はライターという肩書ではなかったとしても、PM、デザイナー、エンジニア、QAなど、いろんな立場で、言葉に対して高い感度を持って、もっと日本のSaaSをよくしたいと考えている人がきっといると思うので、そういう人たちとぜひ、SmartHRで一緒に仕事をしていきたいですね。