私がフェイク画像だと思った笑えない理由【偽画像をつくろうと思った人間の心理を考える】
ああ、やっぱりか。
↓のNHKのニュース、納得感がありました。
私がどこでこの画像を見たのかは思い出せませんが、どなたかのTwitterでリツイートされていたと思います。ただ、最初から偽画像だろうと思っていました。
というのも、この写真、ちゃんとしたメディアなどの公式ルートで撮られたのであれば、大騒ぎになっているはずですし、そもそも日本のメディアから出てくるはずがないと思っていたからです。
なぜなら、今のメディアでは、忖度して表に出せるはずもない・・・と。
萎縮したメディアに批評性を期待することが、そもそも間違っていると心底私は思っているのでしょう。
真贋を判別できても、ちっともうれしくはありません。
それよりも、この画像を作ろうと思った人の心理は興味深いものがあると見ています。
「右でも左でもないない」界隈の方々は、「サヨクガ~」とお考えになっておられるかもしれませんが、私は、政治的な意図はないと思っています。
正確に言うと、政治に関心はなく、どんな偽画像を作るとバズるかをずっと考えているような人ではと予想しています。
また、その人には、↓の写真が伏線として存在しているのではと思います。
この写真には、人間の想像力を喚起させるだけの力があると思います。
「アメリカの属国としての日本」というありがたくないこの国の一面を切り取ったあまりにインパクトのある写真だと思うからです。
そして、岸田首相にとって、権威に弱い男というイメージを植え付けるに十分な写真だった。事実はどうであれ、この写真は、見るものに勝手な物語を紡ぎだすだけの力があったなと思います。
ありもしない妄想を喚起させられて気の毒だと思う一方で、これもまた一つのバタフライエフェクトなのでしょう。偶然の産物をコントロールする術はないとも言えます。運が悪かったとしか言いようがない。
このフェイク画像でも明らかなように今の時代、イメージ操作は当たり前だと思っていてちょうどいいと思っています。
権力者から市井の人々まで、ITツールを使った印象のコントロールは日常になっていると思います。そして、それに騙されないように対策を打つ必要がある。
可能な限り情報を集め、自分の頭で考え、分析するしか、方法はなく、それでも真実にたどり着くことは不可能ではないかなと私は思っています。
少なくとも、自分が害を被らない程度の分析能力を育てるしかないと思っています。
今後もこのような偽画像、偽映像、偽情報はどんどん量産される。そんなすさまじい現代に私たちは生きている。少なくとも、そんな前提は理解しておくべきなのでしょう。