機能しないエリートの思考について考える(2)【西九州新幹線の問題が拗れた最大の理由は何か】
「エリートの思考」について考えています。久々の更新となってしまいました(^^;
今回は2回目です。
開業から2年が経過した西九州新幹線。未整備区間とされている武雄温泉駅~新鳥栖駅間の整備について、全く進展がみられていません。
フル規格整備を主張する国、JR九州と佐賀県との意見が対立しているからです。
JR九州の社長さんは、壊れたテープレコーダーのようにずっと、「佐賀駅を通るルートでのフル規格整備がベスト」と言い続けていますが、これが根本的に佐賀県と意見がぶつかっている以上、パワーゲームの展開にならない限り、解決はほぼ難しいのではと私は思っています。
この問題がここまで拗れてしまったのはなぜかを考えると、ここにもエリートの思考の問題点が潜んでいるように思います。
前回、机上で数字をいじることの問題点を書きました。
現場から離れてしまう宿命をもつエリートの方たちは、構造上、現場主義の発想ができなくなり、どうしても上がってくる数字をいじくりまわし、解決したような気になってしまう問題点があると思っています。
つまり、机上の思考になりがちであるということです。
今回は、机上の思考というて観点でみると、この西九州新幹線整備の問題も、「机上の思考」の問題なのかなと思うようになりました。
そして、今回は机上の思考によって、致命的なミスをしたということでしょう。
それは、本来いじってはいけない「定数」をいじったということなのではと思っています。
西九州新幹線の問題は、新幹線を整備する問題と並行して、現在の特急電車をどうするかという問題があった。そして、そこには無視できない少なくとも2つの定数があったと思っています。
それは、博多~佐賀間の特急電車の定数と博多~佐世保・ハウステンボスの特急電車の定数です。
ここで言う定数は、乗客数という定数だけでなく、社会的な存在理由という抽象性のある点も含めた定数です。
西九州新幹線を整備するにあたって、考えないといけない要素と言い換えてもいいかなと思っています。
長崎~武雄温泉間をフル規格で整備するという結論は、この定数を無視して強引に進めてしまった。
これが大きな禍根を残している。それが、社長の代替わりとなった現在でも大きな問題であるのは、↓のJR九州の社長さんのコメントでもよくわかります。
では、なぜ国やJR九州は、この定数を無視したのか。
それは、やはり机上の思考であることが原因と言えるのでしょう。
社会をシステムで見た場合、本来は変えては絶対にいけない定数と変えた方がいい変数があると思うのですが、昨今のエリートの思考は、この峻別ができていない例が多い。
緊縮財政や消費税に拘泥する財務省や、利権で思考停止なっているマイナ保険証についての厚労省がなどがすぐに浮かびます。
本来はこの見極め力の高さこそが本来エリートが果たす役割であるはずですが、前回の記事で考えた下り坂局面と同様に、ちょっと難易度が上がるとエリートの十八番であるはずの思考にトラブルを起こしやすくなっているのかなと思います。
では、西九州新幹線はどうすれば解決するか。
それは、定数を残すという観点で考えるべきでしょう。
なぜならば、定数は、やはり必要性も含めた絶対数と考えるべきだからです。
なので、まずは諦めるという点では、JR九州が主張しているような武雄温泉~新鳥栖のフル規格整備でしょう。
現在のリレーかもめは、肥前鹿島~博多の特急「かささぎ」と統合し、存続。また、博多~佐世保・ハウステンボスは現在の60分ヘッドの本数を維持する。
これを定数として維持することを絶対に保証することで、解決の糸口が見えるのではと思います。
その案としては、いろんな人がいろんなアイデアを出しておられるので、どこかに現実と折り合える解決案があるはずです。
このまま、できもしないフル規格の新幹線を待つよりも、定数は定数として認め、不便な運用となっている乗り換えを回避する策を考えるべきではと思います。
これを以てしてもエリートの思考は機能不全を起こしているように思います。