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虎の巻「UAV飛行実験(そのポイントと心構え)」
はじめに
UAV(Unmanned Aerial Vehicle:無人航空機)の飛行実験に臨むときのポイントや心構えの虎の巻です.当研究室所属の学生へのメッセージ色が強い内容ですが,多くの飛行実験に共通する内容となっています.
最初にお断りしておきますが,ここでいう飛行実験とは屋内や狭い屋外敷地内でドローンを飛ばすような比較的手軽で簡単な(制約の少ない)実験というよりは,自然環境下で少なくてもキロメーターオーダーの空間を飛行する実用性の高いUAVの飛行実験です.
現在,多くの大学や高専などでドローンの学生サークルが存在していますし,企業内でUAVの活用や実験を考える事例も増えていると思われます.この虎の巻を活用いただければ幸いです.
なお,大学の研究室の立場上,最後に「研究」の観点の内容について書いています.
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重要な注意
まず,第一に怪我には注意しましょう.
電動のUAVはモータ駆動のプロペラを高速に回転させて推力を発生することで飛行します.高速回転のプロペラは大変危険です.
UAVにバッテリが装着されている時には,プロポなどの誤動作によりプロペラが急に回転してしまうことがあります.バッテリを装着したら,顔や手などはプロペラに絶対に近づけないようにしましょう.
UAVの着陸後はすぐにバッテリのコネクタを抜く習慣をつけましょう.
バッテリのコネクタの接続はUAVを飛行させる直前に行いましょう.
バッテリのコネクタ接続後はUAVの飛行方向前方には立ち入らないようにしましょう.
その他,国土交通省の定める安全ガイドラインに従って実験を行いましょう.
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第二にUAVには精密なセンサやマイコンを搭載しています.UAVとそのセンサ・制御系はとても繊細なシステムであることを理解しておきましょう.
UAVの取り扱いにおいては,
・慎重かつ丁寧な扱い
・仕様を理解した扱い
が重要です.
昨今,スマホ世代の学生さんには「いじり倒す」文化が根付いていますが,精密なセンサやマイコンはスマホのように「とりあえず使って試してみる」ような仕様になっていませんので,想定している仕様範囲を超えると故障や不具合の原因になります.UAVに搭載するセンサやマイコンは安価ではありませんので,慎重かつ丁寧に扱いましょう.
また,マイコンとセンサ類はケーブルで接続しますが,ケーブル間のコネクタの抜き差しを乱暴に行うとコネクタを破損させる恐れがありますので,こちらも極力丁寧に扱いましょう.UAVに搭載しているマイコンは小型でコネクタ部も一体になっていることが多いため,この部分だけの不具合でも使用継続が難しくなります.
プロペラや方向舵はモータにより操作しますが,モータにも負荷をかけると故障の原因となります.モータの特性に合ったプロペラの仕様(長さやねじれ具合)が長期間の実験を経て最適なものに選定されており,モータを変更するとプロペラの再選定を時間をかけて行わなければなりません.同じモータを購入しようとしても,生産中止になっていることも度々あります.その他,UAVのパーツも同じものを購入しようとすると,生産中止になっていることがあります.
モータの変更,プロペラの変更,パーツの変更などはUAVの推進特性の変更および質量の変更を意味します.推進特性や質量が変更してしまうとトリム平衡点が変化し,トリム平衡点の調整を余儀なくされます.
このように,UAVとそのセンサ・制御系はとても繊細なシステムであることを理解しておきましょう.
実験の成否は実験に行く前に決まっている?
少々大胆な仮説ですが,経験上,7割程度は当たっています.
様々な事態を想定して,準備を十分行っておくことが実験の成功に直結します.とくに,当研究室のように実験のために東京の研究室から北海道へ移動するような場合には顕著だと言えます.研究室でできることはほぼすべて済ませておくことが理想です.研究室でできることを実験場で慌てて対応していては効率よく実験を行うことは難しくなります.
以下の項目が研究室で済ませいおきたい事項となります.
計算機上のシミュレータによる仮想実験(当研究室ではMATLAB使用)で有効性を十分に吟味しておく
予め実験用の制御器のゲインを複数個選定しておき,過去の飛行データを実際のセンサ値と見立てて制御器の出力を計算し,過去に実績のある制御器の出力と同じような値が出力されるかどうかを確認しておく
実機搭載用プログラムを作成する
キャンパス内を実際に飛行させることはできなので,マイコン(IMU付き)をもった人間が実際の機体の代わりになり,キャンパス内を縦横無尽に移動して様々な飛行パターンの模擬実験を行う.この模擬実験を通して実機搭載用プログラムの計算に怪しい部分がないかを確認しておく
4だけではプログラムのバグを完全には見抜けないため,実機搭載用プログラムと同じコードをMATLAB(当研究室の場合)でも再現し,両者の計算結果が一致することを確認しておく
1から5までを行えば,少なくてもUAVは実験場で墜落せずに飛んでくれる可能性が高いと言えます.また,最近,当研究室では,MATLAB Simulink内で実機搭載用プログラムコードを実行できるSoftware in the loopの環境を整えつつありますので,1から5までを効率よく行えるようになりました.
一方,1から5までを行わないと,飛行実験は(危なっかしくて)できないことになります.北海道にいても実際の実験は行えず,野生のシカを横目で見ながら(北海道に来てまでキャンパス内ですべきであった)1から5を行うことになるという残念な事態に陥ります.
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UAVをすぐに飛ばせるわけではない
さて,上記1から5を行って北海道へ移動して実験はすぐに始められるでしょうか?
その答えはNoです.
大学の実験科目のように,実験室へ行くと実験がすぐ開始できて,実験データが採取できると思うのは大きな誤りです.大学の実験科目でも,担当の先生がメインテナンスやそれなりの準備をしているはずです.
同様に,UAVもすぐに飛ばせて,飛行データが簡単に取得できるわけではありません.
実験開始までに以下のようないくつかの準備が必要です.
機体の組み立て,舵面操舵のサーボ動作の確認
機体の重心位置の調整
センサのキャリブレーション(とくに,ピトー管)
方向舵(エレベータ)トリム,推力トリムの調整
制御プログラムなどの書き込み
Waypointや目標高度の設定,飛行状況パラメータの設定およびそれらの確認
飛行実験での緊急対策の確認,設定した飛行範囲を逸脱した場合の自動帰還の設定
実験時に充電済のバッテリが足りなくならないように注意
逆の見方をすれば,それだけUAVは奥が深く面白い対象だと言えます.上記の準備は研究チームで協力しながら行いますので,実験にはチームワークも重要な要素となります.
また,実験は天候にも左右されるため,雨の降りだす時刻の予想,風速/風向の最新情報の取得が重要で,Windyが当研究室の定番の情報源になっています.
いざUAVを飛ばすときには
さて,いよいよ飛行実験の開始の段階になったときに,「UAV実験あるある」として
・機体の操舵のサーボの動きが若干おかしい,サーボの音にも違和感がある
・プロペラの回転音が普段とは異なる感じがする
・プログラムのパラメータ設定を適切にしたか?
・設定高度が間違ったりしていないか?
・そういえば機体のねじの緩み具合を確認していなかった
など,飛ばす直前になって不安になることがあります.
経験上,このような不安が少しでもあるときには,実験を即中止し,不安解消に努めることが長い目で見ると効率よく実験を進めるコツです.
なぜかというと,不安解消に多くの時間がかかる場合もありますが,UAVが一度墜落してしまうと修理にそれなりの時間を費やすことになり,その後の実験再開に向けて上記の準備項目の確認にも相当な時間を要することになるからです.この手間と時間を考えると,「不安解消に努める」決断は理にかなっています.
また,森林上で墜落するとUAVが木に引っかかり,回収までに数時間,ときには,2,3日を要することもあり,それでも回収困難な場合には地元の森林組合へ駈け込んで,回収をお願いする羽目になります.この回収期間は当然実験もできなくなります.
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飛行実験の朝は早い!
UAV,特に小型のUAVは風の影響を大きく受けます.
一般に朝凪と夕凪の時間帯に風が弱くなります.風の影響を除外した制御アルゴリズムや飛行タスクの検証には,この時間帯がゴールデンタイムです.
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実験日報作成は重要な作業の一つ
実験に関する日報(要は実験レポート)を毎日作成することも重要な作業の一つになります.
長い期間,毎日,実験を行っていると飛行実験回数やそのデータ数も多くなり,2,3日前に行った実験の内容や飛行パラメータ設定,さらには,そのときに考えていたことをすっかり忘れて,思い出せなくなってしまいます.これは一番避けたいことです.せっかく努力しながら実験を行ってきたことを無駄にしてしまいます.
その日のうちに,その日の飛行データを解析し,実験の内容や飛行パラメータ設定を整理しながら,実験結果やその考察を書き残しておくことは後で非常に役に立ちます.滑走路上の実験の合間や格納庫での休憩の合間に日報の一部を書いてしまっているタイパの良い学生さんは日報の内容も充実している傾向があります.
研究的観点を忘れないようにしよう
最後に,「研究室の実験」として重要な点を強調しておきます.
自分がプログラム化した制御アルゴリズムでUAVが大空を飛行する姿は感動モノです.
しかし,重要なことは研究目的達成のために実験を行っているので,その研究目的の学術的意義を常に意識した実験が必要になります.
学生さんによってはうまく飛すことに気持ちが奪われ,既存の枠組みや既往研究との差別化を忘れてしまうことがあります.
既存の枠組みや既往研究での手法と提案手法を実験で比較するような飛行データを取得しないと,アカデミックの使命である論文発表までは残念ながら至らないことになってしまいます.
当研究室では,UAVの飛行制御やシステム設計ならびに多様な飛行ミッションの実現に向けて数理設計アプローチと実証実験アプローチをバランスよく実践することを目指して研究を行っており,最近では,下記のような学術論文を発表しております.
Y. Takahashi, M. Yamamoto, K. -Y. Wong, Y. -J. Chen and K. Tanaka, Guaranteed Cost-based Disturbance Observer and Controller Design for Path Tracking Control of a Powered Paraglider Under Unknown Rudder Trim and Wind Disturbances, IEEE Access, Vol. 12, pp.63655-63668, May 2024.
DOI: 10.1109/ACCESS.2024.3396464 DOI: 10.1109/ACCESS.2024.3396464M. Yamamoto, Y. Takahashi and K. Tanaka, A Practical Design Approach for Complex Path Tracking Control of a Tailless Fixed-Wing Unmanned Aerial Vehicle With a Single Pair of Elevons, IEEE/ASME Transactions on Mechatronics, Vol.29, No.2, pp.1397-1408, April 2024. DOI:10.1109/TMECH.2023.3300894
K. Tanaka, M. Tanaka, A. Iwase, and H. O. Wang, A Rational Polynomial Tracking Control Approach to Unified System Representation for Unmanned Aerial Vehicles, IEEE/ASME Transactions on Mechatronics, Vol.25, No.2, April 2020. DOI: 10.1109/TMECH.2020.2965576
K. Tanaka, M. Tanaka, Y. Takahashi, A. Iwase, and H. O. Wang, 3D Flight Path Tracking Control for Unmanned Aerial Vehicles under Wind Environments, IEEE Transactions on Vehicular Technology, Vol.68, No.12, pp.11621-11634, Dec. 2019. DOI: 10.1109/TVT.2019.2944879
M. Tanaka, K. Tanaka and H. O. Wang, Practical Model Construction and Stable Control of an Unmanned Aerial Vehicle With a Parafoil-Type Wing, IEEE Transactions on Systems, Man and Cybernetics: Systems, vol.49, no.6, pp.1291-1297, June 2019. DOI: 10.1109/TSMC.2017.2707393
K. Tanaka, M. Tanaka, Y. Takahashi and H. O. Wang, A Waypoint Following Control Design for a Paraglider Model with Aerodynamic Uncertainty, IEEE/ASME Transactions on Mechatronics, vol.23, no.2, pp.518-523, April 2018. DOI: 10.1109/TMECH.2017.2728678
最後に
研究室の新配属生向けの観点でいろいろなことを書きましたが,初めての実験参加ですべてに完璧な対応をするのは難しいと思いますので,「この虎の巻を愛読書」として焦らずに一歩一歩確実に進んでいきましょう.
北海道の雄大な自然の中で研究チームのメンバーと協力しながら行う実験はキャンパス内では味わえない貴重な経験と充実感・達成感をもたらしてくれるでことでしょう.
そう,次回の実験では皆さんこそが主役なのですから...
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