ちゃんとしたもの
(※この項目は、京阪神間(京都・大阪・神戸辺り)の独特のリズムがないとスムーズに読めないかと思われます。訛りではなくリズムです。あらかじめご了承ください。いつも読みづらくて申し訳ないです。)
【ちゃんとしたもの】
たまに読み返すと自分のちゃんとした部分が面白い。
こんなことを書いていたのかと思うこともあるが、同時にこれは、(本当に自分が書いたものなのか)という疑問も、抱かなくもない。
それはふざけた内容のときも同様、本気でふざけているこの人物は、果たして本当に自分なのか。疑問に思うのと同時に驚きを隠せない。
驚きは隠した所で、自分が隠したものなのだから、その宝探しは結局のところ、ダウジング要らずで 探さなくてもすぐ見つかるし、隠す必要は何処にもないのである。
ちゃんとしたものをちゃんと書こうとは思うけど、ちゃんとしたものをちゃんと書ける性質ならば始めからそうしている訳で、要するになにが言いたいかというと ちゃっかりしてたらうっかりしない。
往年の新喜劇俳優の名台詞の引用でしか自分の性質を表現できない語彙力健忘症な訳で。
ちゃんと出来たら寝坊はしないし、坊主も小坊主も、赤ん坊の頃に、甘えん坊でも食いしん坊でも暴れん坊でもない訳で。いやあるのかな、どちらにしても。年齢を重ねて出来ることが増えてきたなら、出来ない奴に怒りん坊になりがちだけど、更に年を重ねたらヤン坊とマー坊は天気予報であるということも どちらがヤン坊でどちらがマー坊であるのかも 皆そろって忘れん坊になる訳で。
要するにちゃんとしたことを書こうと思って、こうして見きり発車で徒然したら、どうやら自分が乗っているのは銀河鉄道でも、有川浩の片道15分の今津線の阪急電車でもなかったらしく、「大人達には見えないんだ ! 」で有名な猫バスよりの暴走機関車やったみたいで。TRAIN-TRAINはどこまでも走っていけと甲本ヒロト氏が言うのであれば、それはもうどこまでも続いていくのである。
≪一章~ちゃんとしたもの~≫の一節から引用
原案:クダラナイコトガスキー
脚色:ワタシハコレガスキー
時代考察・言語指導:シランコトガスキー
提供:アナタハナニガスキー?
≪参考≫
(30秒ほど参考に)
ちゃんとしたやつ↓
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(ちゃんとしてないやつ) ↓↓↓
それではまたのちほど(* ̄∇ ̄)ノ