強くなんてなかった

嗚呼、私は、なんてみじめなのだろう。

質量を持った鉛の空は、今にもしずくを落としそうなものの、ずっと抱えたまま、ただそこに、じっと存在している。

どうせなら、早く降ってきてくれ。
この何者でもない私にそれをたたきつけて、声高らかにあざ笑ってくれ。
そしてどうしようもなく流れてくるこの情けない涙を、誰にも気づかれないように一緒に流しておくれ。

気づいてしまったのだ。
何も知らなかった自分に。
いや、実際は気づいていたのかもしれない。
しかし、一度そこをのぞくと、もう二度と元には戻れないような気がしていた。
いまや私の瞳はこの忌々しい空の如く、深くよどんでしまった。
かつての澄み渡るような無知ゆえの輝きは、もう、なくなってしまったのだ。

息が吸えないほど、空気が薄い。
額を手の甲で拭うと、じっとりと汗ばんでおり、自分がまだこの世に生きていることが確認できた。

なぜ。
なぜ私は、生きているのだろう。

生きている意味を考える必要もなかった、幼いころ。
朝目が覚めれば胸が希望に満ちていて、振り返れば自分を求める誰かがいて、やりたいことなど山ほどあるのに寝床に着くように叱られた。
そう、あの頃は、楽しかった………

今はどうだ。
朝が来ることを拒み、常に誰かのためになっているかを必死に考え、したいこともわからぬまま、したくないことのために眠る。

私は至極、まともであると思う。
まじめでもあると思う。
嘘もつかずに、素直に生きてきた。
なのに、日々を幸せに生きる資格さえないのだ。
昨日より今日、今日より明日………日々自分のことが嫌いになっていくことを確信して、最期に向かってただゆっくりと、ひとり歩いていくのだ。

もうすぐ、夜が明ける。
また、舌打ちをしたくなるほどうんざりする、朝が来る。
今日という日もきっと、何も起こらない。

ペンを走らせていると視界の隅に人影が見えた。
いつものことである。
いや、どうやら違うらしい。

「一人にしておいていいんですか?」

次に続いたのは、まぎれもない、私の名であった。
ハッとして振り返ると、そこには誰もいない。

誰が…わたしのこと…?

知りたかった。
誰がこれを言ったのか。
知りたいという欲求に突き動かされた私は、かすかな記憶を頼りに駆け出した。

その時、気が付いたのだ。
私の一番欲しかった言葉はこれだったんだと。

私は、強くなんてなかった。
これっぽっちも、そのようなものを持ち合わせてはいなかったのだ。
しかし、これまで抱えてきたよどみを流しきった瞳は奥まで澄み切り、その向こうにある希望を美しく映し出していた。



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