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「らしさ」に縛られてきた自分に気づく一冊|下川原清貴

 私は25歳で転職し現在に至っている。それまでは民間の営業職だったこともあり、ジェンダーのことはほとんど意識をしてこなかったし、そもそもジェンダーという言葉すら知らなかった。

私が仕事をしていた営業所の女性社員はそのほとんどが事務職で営業職は男性だけだったように記憶している。当時は、今の時代なら確実にハラスメントだろうと思われる言葉が日常的に飛び交い、営業成績を上げるために夜遅くまで働くのが当たり前とされる時代だった。

確かに体力的にも精神的にも厳しかったが、その時の私はそのような世界に入ることで大人になったと実感し、またそのなかで実績を残すことが楽しくそれを辛いと思ったことは一度もなかった。もちろん、なぜ女性の営業職はいないのかという疑問もなければ、男性が営業で女性が事務という会社の実態にもそれほど違和感を覚えることはなかった。ジェンダーギャップに自分自身がどっぷり浸っていたのだ。


その後転職したが、そのときもまだジェンダーという言葉は私の周囲にはなかったように思う。いや、おそらくはその概念はあったのだと思うが私の耳には届いていなかった。

そんな私が最初にこの問題に直面するのは、子どもを授かり、育児休業を取得することになったときだ。先輩職員がそうしていたように、私たちも当然妻が育児休業を取得することにしたのだが、当時の女性センター(男女共同参画センターの前身)館長だった女性上司に「なぜあなたは取らないの?」と問われたのだ。

私はビックリして答えに窮した。子どもが生まれたら育児休業は女性が取るもので、そのほうが子どもにとっても生活面においても良いだろうというのが私の中の常識だったし、もちろん二人で相談したが基本的には妻が取ることを前提にした相談だった。

今考えるとそれがジェンダーを考える最初のきっかけだったのかもしれないが、当時の私はそのようなことを他人に言われる筋合いはないと反発し、予定どおり妻に育児休業を取得してもらった。もちろん法人のルール上は男性が取得することも可能だったが、率先して取るという気持ちは私にはなかった。

そんな私が現在男女共同参画センターを有する札幌エルプラザ公共4施設の館長なのだから、恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だが、当時の私はジェンダーについての学びが不足していて今ほど理解していなかった。

ジェンダーへの学びが必要だと切実に感じたのはそれからかなり後のことで、小中学校の宿泊学習(校外学習)の場でもある青少年山の家で勤務していたころの体験だ。

小学校の宿泊学習が始まる6月までの間、中学校だけでなく高等学校の利用も多いのだが、ある高校の女子生徒がほかの女子生徒と一緒にお風呂に入ることができないと訴え、その理由がセクシュアリティの問題だと知ったときだ。

その生徒の事情は学校側も理解しており、来館時施設側にシャワーの有無について確認があったが、残念ながら施設にはシャワールームがなく、私たちにできるのは他の生徒と時間をずらして風呂に入ってもらうという選択肢だけだった。シャワーがないと聞いた時の生徒の悲しそうな顔は今でも鮮明に覚えている。

また、学校のプログラムにもよるが、集団活動の中ではまだ性別による役割分担が多く残っており、本来なら楽しいはずの宿泊学習がその女子生徒にはとても辛い体験だったのではないかと考えると胸が絞めつけられる思いだった。

この日の体験から性的マイノリティへの理解が野外教育施設でも必要だと感じ、当事者団体を招いてLGBT学習会を実施し、すべての人に平等に使っていただける施設とは何かを職員と一緒に考えたり、個人としてもいくつかのセミナーや講演会に参加したことでジェンダーへの興味関心がさらに深まったが、そうこうしているうちにジェンダーは「らしさ」に縛られて虚勢を張って生きてきた私自身の問題でもあることに気づかされた。

そう、ジェンダーは特別なことでも他人事でもなかったのだ。無意識のうちに「らしさ」を強要され苦しかった経験は私にもあったし、それに理不尽さを感じることもあった。

それに気づきこれは勉強したらもっと面白いかもしれないと感じていた矢先現在の職場に異動し、偶然にも仕事としてジェンダーにかかわる機会を得た。そして、せっかくもらったチャンスをみすみす逃してなるものかと考えていた時に出会ったのが「ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた~あなたがあなたらしくいられるための29問」という本だ。

一橋大学社会学部佐藤文香ゼミの学生が課外活動の成果として出版したこの本は、ジェンダー研究をしている学生が知人、友人の問いと真摯に向き合い、自分たちの視点でその答えをまとめたものだが、私のようなジェンダー初心者にもわかりやすく整理され、理解するためのヒントがたくさん示されている。

専門家が書くような難しい表現ではなく、身近な疑問を切り口にして自分たちなりの答えを出しながらも一緒に考えようと呼びかけてくれるこの本は特に男性に読んでほしい一冊だ。

私ももう一度読み返しながら少し肩の力を抜いてジェンダーを考えてみようと思う。

下川原清貴(札幌エルプラザ公共4施設館長)

プロフィール
 生粋の札幌人 
民間企業を経て現在の法人へ
日本酒と気のあう仲間とのおしゃべりをこよなく愛する57歳

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