欧州葡語圏の「観衆」は「刺客」だった?!
スポーツ観戦などの「観衆」のことを、伯葡語では「エスペキタドール」、欧州葡語では「エシペタドイレ」と言います。
表記については、かつては伯欧両葡語において 「espectador」というスペルでしたが、新正書法の制定に伴い「発音しない無声子音は省略する」というルールができたことで、一度は表記が2通りに分かれてしまいました。
この単語の場合、伯葡語では無声音の「c」を「キ」と発音するため、必然的にスペルにもこの「c」が残り、一方の欧州葡語では、この「c」を発音しないので省いたわけです。ところが、いざそうしてみると、ちょっとした不都合が生じた為、思い直して今は以前の書き方でもいいということになっています。
また、新正書法の導入が遅れているモザンビークや、導入を表明していないアンゴラ、更に、新正書法とは無関係であるため旧正書法を使い続けている マカオについては、今でも「espectador」と書いて【エシペタドイレ】と読み、これらの国/地域については「c」を省くというオプションは存在しません。
たかが「c」一つのことなので、一見大した問題でもないように見えるかもしれませんが、悩ましいのが「c」が一つないだけで欧州葡語の「エシペタドイレ」という言葉が伯葡語話者には「突き刺す人」という意味の造語に 読めたり聞こえたりしてしまうことです。かつては耳で聞いた場合のみ変だと感じられていたものが、表記からも「c」を省いてしまうと、目で見ても変に思われてしまうのです。
しかも悪いことに、目でみた場合は、欧州葡語話者自身が見ても
「突き刺す人」に見えるんです、これが!
そもそも何なんだ、「突き刺す人」って…。>笑
「Espectador」とは、語源をただすと、ショーなどの「スペクタクル (両葡語:espetáculo、旧葡語:espectáculo)」を観る人という意味なのですが、 これとは全く別の語源を持つ「espetar」という動詞が両葡語共通で存在し、これには「串刺しにする」といった意味があり、これに「~をする者/物」という意味の「-dor」という接尾語を付けると、「espetador」になるという
わけです。
おっと、ここでちょっと纏めます。
・ Espetáculo:派手なショーなどを指す「スペクタクル」に相当する語。
(これは旧欧州葡語では「espectáculo」と表記した。更にいうと、もっと
昔は両葡語とも「espectáculo」と表記した。)
・上記に「~をする者/物」という意味の接尾語を付けると、
- とても昔の両葡語では、espectáculo → espectador
- ちょっと昔だと、
欧州葡語: espectáculo → espectador
伯葡語: espetáculo → espectador
- 今回の新正書法が導入されると、
欧州葡語: espetáculo → espetador
伯葡語: espetáculo → espectador
となる。
・ところが、両葡語共通の「espetar」動詞というものがあり、これには、 「突き刺す」、「串刺しにする」という意味がある。
・これに、接尾語の「dor」を付けた単語があったとしたら「espetador」 となり、その場合、意味は「突き刺す人」となる。これは、あくまでも
「あったとしたら」の話だ。
・しかし、かねてより、欧州葡語話者が「espectador」と書く単語を、あた
かもその「あったとしたら」な「espetador」と書いてあるように読むのが
滑稽だと、ブラジル人は揶揄する傾向があった。
・新正書法は、発音しない「c」は削除するよう定めているので、欧州葡語
がそれに従ったところ、伯葡語話者の「思うツボ」の「espetador」に
なってしまった。しかも、これではブラジル人にからかわれても、反論
する術もない。
・そこで、欧州葡語においては「 espetador」と書いても「espectador」と
書いても構わないという例外措置が採られた。
・一方、かなり以前から伯葡語には 「espetáculo」から派生した単語なのに
「espectador」には元の語にはない無声音の「c」が入るという矛盾が生じ
ているが、それについては言及する者はいない。
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というわけで、どのみち大してスッキリするものでもありませんね…。
ちなみに私が愛用している欧州葡語辞書サイト「Dicionário Priberam da Língua Portuguesa」では「見出し語が新正書法に従ったスペルで、但し書きに旧正書法に従った表記が記されている場合」と、逆に「見出し語が旧正書法に従ったスペルで但し書きに新正書法に従った表記が記されている場合」があるのですが、これはてっきり編集が間に合っていないためだと思い込んでいたところ、今回の「espectador」については後者、つまり「見出し語が旧正書法」の方になっていたのを見て「これは敢えてそうしているに違いない!」と思ってしまいました。
ちなみに、この「Dicionário Priberam da Língua Portuguesa」、伯葡語の見出し語も多く、そうでないものも「ブラジルでは○○という」と説明してくれるので、お薦めです。
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ちなみに「テレビの視聴者」の場合、伯葡語では「テレスペキタドール」、欧州葡語では「テレシペタドイレ」というのですが、私は20年以上欧州
葡語圏諸国に通っていたのにも拘わらず、最後までテレビ番組のMCなどが言う「Caros telespetadores(『カーロシ テレシペタドーリシ』=『視聴者の皆様』)」という「音の響き」に馴染めませんでした。
だって、なんとしても
「『テレシペタドーリシ』だと?! 『遠隔刺客』か?!」
って思っちゃうんですねぇ、これが…。
だから、「いけない、いけない」と思いつつも、
ブラジル人と一緒にいると、つい一緒になって笑っちゃう…。
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で…、
最近気付いたんですけれど…、
欧州葡語圏のニュースキャスターが、
めっきり「テレシペタドーリシ」という言葉を
使わなくなってしまったんです!
以前は、ほとんどのキャスターが
出だしの挨拶で、
朝なら、"Bom dia, amigos telespetadores"
昼なら、"Boa tarde, amigos telespetadores"
夜なら、"Boa noite, amigos telespetadores"
と挨拶していたものが、最近は、圧倒的に
"Bom dia" か "Boa tarde" か "Boa noite"
しか言わないのです、マジで!!
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恐らくスペルが「telespectadores」だけだった時代は、いくらブラジル人に笑われようと、欧州葡語話者は平然としていられたんだと思うんです。
でも、一旦新ルールに則って書いてあるものを読んだ時に、ハタと気付いたのではないでしょうか。
自分達にも文字にした「espetador」や「telespetador」は「刺客」にしか見えないと…。
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ま、こうやって、言葉って変化していくのでしょうね…。
なんだか歴史の一幕の生き証人になったような気分です…。>笑
最後までお読み頂き、ありがとうございました!