【連載小説】妖と結婚したら加虐者だった話10【妖の加虐者】
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「百鬼さん、お祭りに行きましょう」
あの日から数日後。
少しだけ早い夏祭りが、現世の私が住んでいる街で開催される事を知った私は、百鬼さんを誘うことにした。
「デートかぁ……ええねぇ」
百鬼さんは朗らかに笑っているが、難色を示している声色で言いながら頭の角をさすっている。
彼が心配しているのは、一時的な変化はできるが長時間は不可能な為、デートに行ったとしてもすぐに帰らなければならないことだろう。
「百鬼夜行、ってご存じですか?」
「妖怪の群れが街を練り歩くヤツやねえ。まさか、みんなを誘って妖のお祭りでも開催するつもりなん?」
冗談めかして百鬼さんが言った。
たしかに、百鬼さんの部下や屋敷の人を全員集めれば、百鬼夜行にはなるだろう。
だがしかし、今回私が誘うのはそういうお祭りじゃない。
ちゃんとした、人間のお祭りだ。
「私の地元では、百鬼夜行が開催されるんです。みんな、コスプレをしています」
「そんなもんがあるんやね。ハロウィンパーティーみたいなもんなん?」
「近い形ですけど、ほぼみんなが妖怪をテーマにしたコスプレなので……。百鬼さんも、きっとそのまま行っても浮きません。年に一度、私たちが何も隠さずに行ける唯一のお祭りだと思います」
百鬼さんは私の言葉を聞いて、うれしそうに「ええよ」と言って、座っていた椅子から立ち上がった。
「ちょっと待っててね」
百鬼さんはそういうと、足早に部屋へと向かって、紙に包まれた大きな何かを持って、ダイニングルームに戻ってきた。
椅子にその荷物を置くと、紙を開いて中を見せた。
中に入っているのは、浴衣だった。
「一着だけこの家にも、女物の浴衣があるんよ。しかも、男物と柄は同じで、色違いのやつがね」
白い浴衣と黒い浴衣。
そのどちらもに、生地と逆の白と黒でそれぞれ、妖怪のシルエットが描かれている。
がしゃどくろ、猫又、ろくろ首。
いかにも「妖」というデザインだ。
浴衣はお母様との……という言葉が口を付きかけたが、百鬼さんのうれしそうな顔が曇ってしまう気がして、寸でのところでひっこめた。
「帯もきちんとあるし、これ着ていこか。一緒に出られるなんて、楽しみやなあ」
わくわくと効果音が付きそうな百鬼さん。ああ、これが愛おしいという感情なのだろう。かわいいとさえ思う。
浮かれる百鬼さんを眺めながら、私は当日、必ず想いを告げようと微笑んだ。
毛むくじゃらの着ぐるみ。
角の生えた人。
猫耳をつけている人。
異形に変化した沢山の人たちの雑踏の中、私と百鬼さんはお祭りに来ていた。
華やかな祭囃子と、良い匂いのする屋台で、心が躍る。
「大盛況やねえ」
「そうですね。このままだと、はぐれちゃうかも」
私はそう言って、百鬼さんに右手を差し出した。
百鬼さんは二、三度顔と手を見比べると、ほころぶ笑顔で私の手を握った。
百鬼さんは、激しい夜をするくせに、妙に初心だと思う。
素敵な男性ではあるが、恋愛に慣れている感じはしない。きっと妖の特性と闘っていたおかげで、あまり経験自体はないのだろう。
だけど、そこさえも愛おしかった。
だからと言って、根本として優しい人だから、女性慣れしていない感じや違和感はないけれど、こういうときに、隠し切れない嬉しいという感情が漏れ出ていて、角が犬の耳にさえ見える時がある。
しっぽをぶんぶんと振る、犬のような。
「魅音は、どの屋台が見たい?」
「あ……たこやきが食べたいです」
百鬼さんはあたりを見まわすと、一番空いているたこ焼き屋さんに並ぼうとした。
「あ、だめです! こっちにしましょう!」
「え、そっちはめっちゃ並んどるやん。ええの?」
「はい。お祭りの屋台は、並んでいる方がいいんです。そっちの方がおいしかったり、サービスしてくれたりが多いので!」
百鬼さんは嬉しそうに私に引っ張られながら、列に一緒に並んだ。
「脚が付かれたら言うんよ。休憩しよう」
「はい……。あ、百鬼さんって行列並ぶの平気でした?」
妖が短気で、なんて特性を持っていたらどうしようと思ったが、表情を見る限りそうではなさそうだ。
「全然大丈夫やで。魅音となら、どこへでもどれだけでも待てる」
「百鬼さん、外ですって……」
盛大ないちゃつきをしようとした百鬼さんの発言があたりに聞こえていないかと思って見渡してみるも、並んでいるのはカップルばかりでみんな自分達の世界だった、
ほっとしながら、前を向くと、列が進んで前へ一歩踏み出す。
「幸せやなぁ……」
かみしめるように百鬼さんが言った。
その目は少し、悲しそうに揺らいでいる。
まるで、思い出を目に焼き付けるように。
最後の思い出を作っているように。
今言ってしまいたい。
私はあなたから離れませんと、言ってあげたい。
だけど、これは私の初めての告白なのだ。
思えば、今まで付き合った人達は、いつも相手からで。
なんとなく付き合って、私が好きになった頃に浮気だのなんだので離れて行って。
でも、それにさえ怒る気がしなかった。
みんな、手に入れるのが目的だっただけなんだと押し込めた。
それから、好意を表すのが億劫になっていった。気が付けば、好きだなんて思うことも辞めるほどに。
百鬼さんは、私が一緒に居ると言っても、ずっと好きでいてくれるだろうか。
そんな不安がよぎる。
そんなことを考えていたら、私の顔が曇ったのがわかったのか、不安を打ち消すようにぎゅっと百鬼さんが私の手を強く握りなおした。
「いらっしゃい! 何個で?」
気が付いたら、列は進んでいてたこ焼き屋さんの前に来ていた。
「いっぱい食べたい?」
百鬼さんが笑って言った。
食いしん坊だと思われるのが恥ずかしい、けど。
「はい」
笑顔で私が言うと、百鬼さんは「10個で」と一番大きいものを注文して、さっと会計をした。
百鬼さんなら、きっと大丈夫。
なんだかそんな気がした。
「座ってたべよか」
運よくベンチが空いたところにすかさず腰かけ、たこ焼きのふたを開けた。
「あーんとか、してみてもええ?」
おずおずと言い出した百鬼さんに、なんだか高校生の時みたいな初々しさを感じて思わず顔がほころんだ。
「仕方ないですね」
まんざらでもない顔をして口をあけると、慎重に百鬼さんがたこ焼きを私の口に運んだ。
「あーん」
「あー……」
口に含むと、おいしいたこ焼き。
屋台の中でも、かなりおいしいであろうとろとろのたこ焼き。
……でも、正直限界を超えて熱い。
「あっ!ふぅっ!」
眉間にしわが寄って、口をはくはくしながら逆側を向いて、口の中を見せないように必死にもだえる。
「あっ、ごめん! ごめん、熱かったなあ……! 水っ!」
百鬼さんは焦って近くの自動販売機に駆け寄ると、水を一本買ってきて私に手渡した。
そのころには、もう飲み込んでいたけれど。
「ごめん、ごめんなあ」
「いえ……たこやきってこういうものです……」
「……初めてなんよ。たこやき、あーんするん……。たこやきも、食べた事なかってん……」
しょぼくれた百鬼さん。
私も舞い上がって断らなかったのも悪い。
きっと何かで見て、夢だったのだろう。
そう思うと、火傷も悪く無くて、小さく声を出して笑った。
「私たちの、子供にはちゃんとたこやきが熱いって教えてあげましょうね。ふーふーして食べるんだよって」
「……そうやね」
百鬼さんが落ち込んだ返事をした後の数秒。
私たちの間に、沈黙が流れた。
思わず口を付いた私の言葉に、百鬼さんが意味がわかったようで、さっきまで青かった表情がみるみるうちに輝かしくなっていく。
「魅音、それって、その……」
嬉しそうだけど、言葉が見つからない百鬼さんに、口を滑らせてしまったなら仕方がないと、追い打ちをかけることにした。
意地悪な夜を過ごしているのだ。このぐらいはいいだろう。
「子供も連れてきて、来年も再来年も、ずっと。このお祭りに来ましょうね」
「……一緒に居てくれるん?」
「はい」
百鬼さんは、感情を抑えきれないとばかりに勢いよく立ち上がると、腕をぐっと握りしめた。
人前だから、ガッツポーズを抑え込んでいるような姿だ。
「たこやき、食べ終わったら、他にもいろいろ食べよか! 僕らの子供に教えてあげられるように!」
いかやき、かき氷、唐揚げ、わたあめ……と目についた屋台の名前をぶつぶつと唱える百鬼さん。
ずっと妖の世界で生きてきて、人間界のことは意外とわかっていない様子で、楽しそうに読みあげている。
「そんなに食べれませんよ。とりあえず……くじ引き屋はやめておきましょう」
「えっ……僕やろうとおもってたんやけど」
「あれは当たりませんよ。それでもいいなら」
「そうなん……? 欲しかったなあ、おっきい猫のぬいぐるみ。なんだか魅音に似とって、ええなとおもったんやけど……」
ころころと表情が変わる百鬼さん。
この先何があるかはわからない。命を懸けて戦う百鬼さんを想って、押しつぶされそうな夜があるかもしれない。
それでもきっと、私たちは大丈夫。
きっと、大丈夫。
なんだか、そんな気がした。
数年後、沢山の子供達を連れてお祭りに行ったら、みんながくじ引きをねだって困り果てるのは、また別のお話……。
おわり。
writer:マゾ猫
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