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別れた理由。煙草のけむりの先

毎年寒くなると煙草を喫んでいた時分を思い出す。

煙草をやめてから十数年以上が経つ。あの頃、オフィス内に煙草部屋があって、気分転換に、或いは原稿を持って赴いたもの。銘柄はラッキーストライク、Peaceマイルド。

今でも何かを飲んだり食べたりしたとき、これはあのときの煙草のフレーバーと似ていると思う。あの香ばしさが懐かしく蘇る。喫煙者だったからこそ味わえる感覚。

では何故やめたのか。
それを思い出せないときがある。
まるで遠い昔、彼女と何故別れたのか
今でもよくわからないのと似ている。

その答えは、そもそも何故、好きになったのか。自分は何に惹かれて煙草を吸い始めたのか、煙草の魅力を回想することで得られる。

僕にとっての煙草の効能は、吸い過ぎなければ健康を害することもなく、原稿を書いたり企画を練るとき、オフィスの煙草部屋や喫茶店で創作すれば、アイデアが降りてくる経験があったからだ。それは、或るミュージシャンが作曲する際に、煙草と珈琲をやりながらだと捗るという記事を雑誌で読んだ影響によるもの。

そんなふうに40歳過ぎまで僕は煙草を吸っていた。やがて、僕の喫煙を家族が嫌がり、会社だけで家族に内緒で吸っていた。でも、スーツやワイシャツの匂いで、ばれてしまったことがある。それ以来、帰宅直前にスーツに芳香剤をスプレーしたり苦心していた。

やがて、そのごまかしが面倒になってきた。また、僕は高血圧症になり、気管支が弱く咳も頻繁に出るようになって、煙草をやめるべきというカードが重なってきた。

煙草部屋での、喫茶店での、
アイデアが降りてきたときのあの感覚。
煙草のけむりと珈琲の湯気が相舞い、
漂う香ばしいさ。

これを凌駕出来ることは何か‥‥。
それはFRISKなどの錠剤サイズのミント、
そして珈琲だった。

煙草を喫みたくなったとき、ミントを多めに口に放り込む。すると、口の中がさっぱりして気分が晴れる。その爽快感で何かを考える意欲が増してきたのだ。

そして煙草をやめると珈琲の味と香りがよく分かるようになった。僕はオフィスでは毎日2杯は飲むし、自宅では豆を挽いて珈琲を楽しんでいる。煙草と組み合わせないほうが、珈琲そのものの魅力を堪能できることを知った。

かくして要は、健康面、家族の心配(ごまかしの面倒くささ、というより後ろめたさ)があり、ミントで脱出し、珈琲をONLY ONEと定められたから、煙草と別れたのだ。煙草のけむりではなく、珈琲の湯気を選んだ。そして今でもそれをこよなく愛す。もはや昔の彼女に悶々とすることはない。

ただ、かつて好きだった記憶を心にほのかにしたためて、時折微かに思い出して、人生の滋味に出来ればと思う。

今、僕の通うオフィスビルのエントランスフロアに煙草部屋があり、秋を迎えた頃からいつも行列をなしている。喫煙人口が減っているとは思えない程に。

僕はその列の真横を通り、
コンビニへ行く。
220円の珈琲を買いに。


今日もお読みくださり、
ありがとうございました!!

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