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スポーツ技術のバイオメカニクスにおける解釈論上の諸問題 第5回 力のパフォーマンスへの貢献を定量するという発想-垂直跳び跳躍高を例として-

前回 身体の動きを記述する方法:逆動力学的アプローチによる関節トルクの推定
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1. はじめに

 前回および前々回では、ある身体の動きを計測し、その情報を基にして、その動きがどのような全身の筋による力(トルク)発揮によって実現されているのかを推定するという作業の概略を紹介しました。そうして得られた解析データと力学についての基本的知識を組み合わせることで、個別の身体セグメントに対して時々刻々に作用した力が、最終的なパフォーマンスにどの程度の貢献をしているのかを定量的に比較・評価が可能になりそうな場合があります。今回は、どのようなロジックに基づいてそうした比較・評価が行なえそうかという点について紹介・考察していきたいと思います。

ところで、上の文章中で私は、「場合がある」「可能になりそう」といった、奥歯にものが挟まっているような表現をしました。「場合がある」という表現をしたのは、今回紹介するアプローチが大きな違和感なく(本当にこのような解析を行って意味があるのだろうかという疑念をあまり抱くことなく)実行できるのは、限られたケースのみだからです。

その「限られたケース」とは、「パフォーマンスの良し悪しを力学的に取り扱いやすい変数で表現できる」という条件が満たされている場合です。このような条件が満たされている場合に限り、その力学的変数(=パフォーマンス)の決定に、個別の身体セグメントに作用する諸々の力がどの程度の貢献をしているのかということを、今回紹介するアプローチによって定量的に比較・評価することが可能になります

また、「可能になりそう」という表現をしたのは、今回紹介するアプローチには、いくつか点で問題(ツッコミどころ)があると私自身は考えているからです。何故問題があると考えているアプローチをわざわざ紹介するのかというと、このアプローチにどのような問題があるのかということを適切に把握するということが、バイオメカニクス的動作解析が上手く行きそうで上手く行かないケースにおいて何が起こっているのかを理解・解明する上で非常に有意義だと考えているからです。そして、問題の所在を突きとめるということは、その状況を打開するためにはどのような手を打つべきなのかを考える上での足掛かりにもなるのではないかと思います。

どのような問題点があるのかということは本連載全体を通じて考察していく予定です。そのための準備として、「そのアプローチが基本的にはどのようなもの(だと私が理解している)か」という点について、読書の皆様との間で共通認識を形成しておくことが、今後の議論を円滑に進める上での助けとなるのではないかと考えています。これが今回の内容の連載全体の中に占める意義ということになります。

 パフォーマンスを力学的変数と直接的に結びつけることが容易な運動課題の典型例として垂直跳びが挙げられます。垂直跳びのパフォーマンスとは単純明快に跳躍高であると言って良いでしょう。さらに、詳しくは次節にて紹介しますが、跳躍高の定義の仕方によっては、ある単一の力学的変数のみが、跳躍高(パフォーマンス)の決定に影響していると考えることが可能になります。

そこで次節以降では、スクワットジャンプと呼ばれる、膝を曲げた静止姿勢から開始する反動なしの垂直跳びを題材として、ある運動課題のパフォーマンスを、別の力学的変数と結びつけるという考え方、及びその力学的変数に対する個別の力の貢献を定量的に比較・評価するという考え方について紹介していきたいと思います。

2. 垂直跳び跳躍高と離地時重心上向き速度の関係

 本節では、垂直跳びの跳躍高についてのより厳密な定義を導入した上で、その定義に基づくことで、垂直跳びの跳躍高が「離地瞬間における重心の上向き速度」というただ一つの力学的変数のみによって決定されていると考えることが可能になるということをお話しします。

垂直跳びは、跳躍高の大小という極めて単純で明瞭な単一の指標によってパフォーマンスの高低を数量的に比較・評価することが可能です。しかし、跳躍高という一見すると意味の揺らぎがなさそうな概念であっても、実は複数の定義の仕方をする余地があります。一例としては、図1左のように、直立して手を上に挙げたときの指高と空中で腕を上に伸ばしたときの最高到達点の差によって跳躍高を定義するということもできるでしょう(定義A)。それに対して今回採用する跳躍高の定義は、図1右のような、「離地瞬間における重心高と重心の最高到達高の差」というものです(定義B)。

図1 跳躍高の定義の仕方には
         複数の選択肢が存在する

定義Bには、力学的な解析を行う際に取り扱い易いという利点があります。なぜなら、本節冒頭で述べたように、定義Bを採用することで、跳躍高を「離地瞬間における重心の上向き速度」という、単一の力学的変数と結びつけることが可能になるからです。このことは、図2のように力学的エネルギーの保存則から導くことができます。

図2 跳躍高を規定する変数が離地瞬間における
重心の上向き速度のみとなる理由

 定義Bを採用した場合、跳躍高を変化させ得る変数が「離地瞬間における重心の上向き速度」のみとなるということは、身体が地面から離れた後にどのように足掻こうとも、重心の最高到達点(つまり、定義Bにおける跳躍高)は変化させられないということを意味します。そのため、ある力がどの程度垂直跳びのパフォーマンス(跳躍高)に貢献しているのかという問題は、その力が離地瞬間における重心の上向き速度の発生にどの程度貢献しているのかという問題に置き換えることが可能になります。

それに対して、定義Aを採用した場合は、空中でタイミングよく腕を上に伸ばすことができるか否かによって跳躍高が変動してしまいます。そして、このようなタイミングの良し悪しが絡むような問題を力学的な解析においてどのように取り扱えば良いのかというのは、確固たる答えが非常に出しづらいものです。このような理由から、今回は定義Bを採用して話を進めさせていただきます。

3. ターン制マス目移動モデルによるセグメント重心の位置、速度、加速度の表現

 前節では、垂直跳びの跳躍高についてのより厳密な定義(跳躍高=離地瞬間における重心高と重心の最高到達点の差)を導入した上で、その定義に従うことで、跳躍高への貢献を評価するということを、「離地瞬間における重心の上向き速度」への貢献を評価するということに置き換えられるということをお話ししました。それを踏まえて、本節以降では、

①「離地瞬間における重心の上向き速度」に対する「離地瞬間における個別セグメント重心の上向き速度」の貢献の定量的評価(4節)
②「離地瞬間における個別セグメント重心の上向き速度」に対する「動作開始から離地までの間において当該セグメント重心に発生した上向き加速度」の貢献の定量的評価(7節)
③「各瞬間において発生した個別セグメント重心の上向き加速度」に対する「当該瞬間において当該セグメントに作用した個別の力」の貢献の定量的評価(8節)

という三つのステップを踏むことで、時々刻々において個別の身体セグメントに対して作用した力の跳躍高(パフォーマンス)への貢献を定量的に比較・評価することが可能になるということをお話ししたいと思います。

 本節では、そのための準備として、このような作業手順の概略を直観的に理解することの助けとなるようなモデルを導入したいと思います。このモデルのことを「ターン制マス目移動モデル」と呼ぶことにします。

図3のように、複数のマス目が縦に並んでおり、ターンが来るたびにそのマス目を黒丸が移動していくという状況について考えます。

図3 ターン制マス目移動モデル

図4のように、黒丸はある一つのセグメントの重心位置を抽象的に表現したものだと考えてください。マス目が縦一列に並んでいるのは、(垂直跳びにおける跳躍高と直接関係する)上下方向の移動についてのみ考えるということと対応しています。

図4 黒丸はセグメント重心を
     抽象的に表現している

ターンごとに黒丸が移動するというのは、動作解析を行うフレームごとにセグメント重心位置が移動していくということと対応しています。実際の動作解析においては、数100フレーム分の解析を行うこともしばしばありますが、以下では単純化のため全4ターン(4フレーム)によって運動が完結するという設定で話を進めることにします。

このモデルと実際の動作解析の間には、図5にまとめたような違いがあります。しかし、その違いは要素の数が増えたり、より細かな数値表現を行なったりする場合があるといった点についてのものです。そうした数量的な多さや細かさを取り払った際の、バイオメカニクス的動作解析におけるセグメント重心の挙動を記述するということの本質という点では、このターン制マス目移動モデルによって表現できていると考えてしまって差し支えありません。

図5 ターン制マス目移動モデルと
  現実の動作解析の相違点

 次に、この全4ターンからなるターン制マス目移動モデルにおいて、黒丸の速度、加速度を表現するということについて考えてみましょう。図6のように各ターンにおける黒丸の位置が変化していったとしましょう。このとき、各ターンにおいて何マス分の移動(位置の変化)が起こったのかということを考えることができます。

図6 黒丸の移動パターンの一例

図6のケースでは、1ターン目においては位置0から位置3までの+3の変化、2ターン目においては位置3から位置7までの+4の変化が起きています。この各ターンにおいて何マス分の移動(位置変化)が生じているのかということが、単位時間あたりの移動量(位置変化)である速度と対応していると考えることができます。

さらに、図7のように、あるターンにおいて移動するマス目の数が、前のターンにおいて移動したマス目の数と比較してどの程度増減したのかということを考えることもできます。

図7 ターン制マス目移動モデルに
おける加速度の表現

例えば、初期状態では黒丸は止まった状態だったとすると、1ターン目における前のターンからの移動マス数の増減は+3となります。さらに、2ターン目以降は、+1,+1、+2といった具合になります。この各ターンにおいて前のターンと比較して移動するマス数がどのように変化しているかということが、単位時間当たりの「位置変化の変化」を意味する加速度と対応していると考えることができます。

 このような見方をすることで、ある一つのセグメント重心の上下方向の位置、速度、加速度が解析フレームごとに変化していく様子を単純化した形で捉えることが可能になります。

4. 重心(全体)速度に対するセグメント(部分)速度の貢献

 本節では、

①「個別のセグメント重心の上向き速度」から、「身体全体の重心の上向き速度」を算出する手順

について紹介した上で、

②「個別のセグメント重心の離地瞬間における上向き速度」の「身体全体の重心の上向き速度」に対する貢献

を定量的に表現する際の考え方について紹介したいと思います。

 ここまで重心速度とは何かということについてぼやかしたまま話を進めてきました。そこで、まずはセグメントの重心速度から身体全体の重心速度を算出する際の手順について確認しておきたいと思います。

重心速度とは、身体を構成している複数のセグメントごとの重心速度をセグメントごとの質量の違いを考慮して平均したものと言えます。具体的には、

①セグメントごとに質量と重心速度を掛け合わせる
②それらをすべて足し合わせる
③全体の質量で割る

という計算手順によって算出することができます。図8は、単純なケースとして、2つのセグメントそれぞれの重心速度から全体として重心速度を算出する手順を示したものです。

図8 2つのセグメントの重心速度から
          全体としての重心速度を算出する手順

 さらに、この計算式を図9のように変形してみると、離地瞬間における重心(身体全体としての)の上向き速度に対する、個別のセグメント重心の上向き速度の貢献を分解的に表現することができます。

図9 全体速度に対する部分
         速度の貢献の定量方法

5. 過去の加速度は現在の速度に影響を及ぼすことができるのか?

 7節では、離地瞬間におけるセグメント重心の上向き速度に対する、動作開始から離地瞬間に至るまでの時々刻々(各フレーム、各ターン)においてセグメント重心に発生した加速度の貢献を定量的に評価する際の基本的考え方を紹介します。本節および次節では、その前段階として、ある時点における速度に対する「それ以前の時点において」発生した加速度の貢献というものが存在し得るためには、ある前提条件が必要になるという考察をしたいと思います。

その前提条件とは、「ある時点で発生した加速度の影響は、その後の時点においても速度のレベルで残存し続ける」というものです。この前提条件が成立しているか否かという点が、実は必ずしも明らかではないというのが、本節および次節で考察する内容となります。やや脱線し過ぎの感もありますが、重要かつ知的に面白い論点ではないかと思うので、お付き合いいただけますと幸いです。

 まずは、「ある時点における速度に対するそれ以前の時点において発生した加速度の影響」を定量的に評価するというのが、具体的にはどのようなことをしようとしているのかという点について簡単に確認しておきたいと思います。図10は、図6で例示した4ターンを通じた黒丸の移動のうち、2ターン目までを取り出したものです。ここで2ターン目における黒丸の移動マス数(速度)に対する1ターン目と2ターン目の移動マス数の増減(加速度)の貢献について考えてみます。

図10 2ターン目の速度には1ターン目と
            2ターン目の加速度が影響している?

7節で紹介するのは、2ターン目における+4という移動マス数(速度)のうち、75%は1ターン目における移動マス数の変化(加速度)+3の貢献分であり、残りの25%が2ターン目における移動マス数の変化(加速度)+1の貢献分であると解釈するという考え方です。

 このような解釈に対しては、妥当なものであると直感的に感じる人もいれば、違和感を持つ人もいるのではないかと思います。この解釈に妥当性を感じるのは、それぞれのターンにおける移動マス数の変化(加速度)を足し合わせたものが、2ターン目における移動マス数(速度)の値とぴったりと一致するからではないかと私は考えています。

他方で、1ターン目に3マス進んだ後は、そこで一旦停止して、2ターン目に再び動き出して4マス進んでいるのだというような見方をしてみると、2ターン目に4マス移動した(+4という速度を持っていた)ことに1ターン目の出来事が貢献(影響)していると解釈するのはおかしいのではないかと主張することもできそうです。

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