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憧れや許せないと思う感情について

人間関係は自分を知る機会になる

人と話す、関わるのがどちらかというと苦手です。

どうしてかというと他者との関わりで浮き彫りになるのは自分だからなんですよね。

他者を通して自分の中の常識や正義や哲学に気づけるのは良い機会とも言えます。

痛い面としては自分の欠けているところや至らないところ、醜さが見えてくるんですよね。

それはもちろん、知った方がいいことだし、生きてる甲斐でもあるからやっぱり出会いは大切なんですけど苦手意識は正直あります。

他者から何を感じるのかはヒント

人と関わるときって相手に集中しているので自分の感情を気にかけないんです。

これで今までいっぱい失敗してきたので、その場面が終わったら何を自分が感じたのか反芻しながら学習しています。

カッコいい!と思う場合

年配の女性で責任とって実行する人に惚れっぽいです^^;

それは学ぶことが多いし、素敵なことなんですけど、たいていカリスマはピラミッド社会を形成しがちで私はその社会形態には向いていないので、どっぷりハマらないように気をつけています。

対策は拠点を複数持つこと。なんでも引き受けないこと。ですね。

付け加えると自分が責任者になったとき、どんなに褒められても悲壮感と孤独しかなかったのでピラミッドの頂点も避けたいと思っています。

今のところは自分の人生に対してのみ、責任とって実行していくのが理想かな。

許せないと思う感情

自分事ばかり主張する人は関わりたくないですね〜

なるべく人生の接点を減らしたい。

つまりは都合を声高にいうことについて自分を許していないのですね。

まぁ限度はありますけど。

もう少しこちらの要望を伝える努力、ひいては自分が何を望んでいるかに気づく努力が必要みたいですね。

協力的じゃない人も苦手ですね。つまりは協力的で在らねばならないと思っているわけですよ〜

これもやっぱり限度がありますよね。協力出来ないことをはっきりさせることが出来たら許容範囲が広くなりそうです。

書いていくと課題がはっきりしてくる

書いてみて気がついたんですけど、自分の要望や都合をどうやら私は言うのが苦手みたいです。

限度がわからないんですね。

今までもそうやって365日休みなしで一日3カ所バレエ教えに飛び回るとか、眠すぎて車事故ってばかりとかいろいろ失敗してきました。

奉公という古い制度の研究所でお小遣い程度の稼ぎで家族からも非難を受けていたわけですが。

要は自分からはっきりさせるのが肝心ということです。

友人関係ではなく、表現者としての人間関係をどうしても話題の中心にして考えてしまいますが、仲良く、認め合い、しかし都合をはっきり言うのはなかなか難しいものです。

でも、私ももういい歳ですから、変わっていかないとね。

だいぶ痛い思いして変わってきてはいるんですけど、ますます人生に責任持って言動しないとなぁと思っています。

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杉浦麻友美
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