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師事するということ
アーティストはたいていプロフィールに「〇〇に師事」と書きます。失礼のないようにとか思うとそれだけでプロフィールが埋め尽くされます。音楽関係は特に仕事がそれでまわっている印象もあります。
いろんなアーティストと交流して気づいたことがあります。追究していく人は必ず師がいます。精神的な支柱と身体的な支柱、自分のスキル分野の支柱。一人だけで立っている人なんて存在していません。
師は人とは限りません。
でも人でないものから学ぶには、よっぽど自分の精神が純粋で、深く思索できないと難しいと思いますね〜。生きていくには周りの雑音が多いですから。
誰かについて習っているのは師事するとは言えないでしょう。世界観を把握して、師が何を見て何を考えるかまで吸収するつもりで飛び込んでいくのが師事するということです。
わたしの場合、自分の意見とか好き嫌いを全部横に置いて、学びとる意味がやっとわかって覚悟ができたのは、師と離れる3年前でした。それまではボンヤリそこに居て、勝手に気ままに楽しんでいたのです。
意識して初めて師事になる
こういうときはこう考えるだろう。こういう行動をとるだろう。それはこういう理念や信念があるから。それを我が事のように腑に落としていくのが師事するということです。
行き着くところまで行くと、師を尊敬し、愛しながらも自分は違う人間として生まれている、という事実の重さに気付きます。自分もまた意味あって別の個体で存在しているのです。
業界によっていろんなパターンがあるけれど、守破離はこんな風に展開していくのだと思います。
守と従の違い
守に行き着くことさえ難しいのは、従と守が違うからです。盲目的に操り人形なわけではなく、内面に突っ込んでいって、中から世間を見て、学んで吸収しているのです。
破離に至っては尊敬して愛しながら行く道だと理解している人は数少ないだろうと思います。
師事する大切さ
今もやはり師事しています。人にも自然にも。しようと思えば世の中は師事するものに溢れています。
師事するとは付き従うことではなく、保護してもらうことでもありません。覚悟を持って向き合うこと。その瞬間があるのは、とても幸せなことです。
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