「私、幽霊なんです」あなたの税金が、「幽霊」たちに吸い取られていた!
彼は拳を固く握りしめていた。表情は淡々としているが、抑えられない怒りを握りつぶしているようだった。
「私自身も、実は『幽霊』なんです」
吐き出すように告白した。
日本の至るところに「幽霊」が存在していて、多額の税金が吸い取られている…そんな信じられない話は、事実だったのだ。
始まりは「裁判所」
疲れた…裁判の取材は、本当に神経を使う。
入社3年目で裁判担当。この日は、重度の障害者が、介護サービスが打ち切られるのは不当な差別だとして、自治体に取り消しなどを求める裁判を取材した。他紙は大きな扱いはしないかもしれないが、自分はこだわりたい。障害者や福祉施設の関係者にも人脈を広げてきた。裁判の中身を聞き落とさないよう傍聴し、被告側、原告側にも次々と取材をかけていった。
「久しぶりですね、最近、何の取材をしているんですか?」
公判後、裁判所のロビーで原告団の一人に呼び止められた。この男性も、一連の取材で知り合った関係者の一人だ。裁判についてひとしきり話したあと、彼がふとこんなことを漏らした。
「ところで、『幽霊消防団員』って知ってますか」
聞いたことがない言葉に、心がざわついた。これは何かある。詳しく聞きたかったが、早く出稿しなければならない取材を抱えていた。仕方なく話をそこそこに切り上げて、その日は支局に向かった――
「私も幽霊なんです」という告白
原稿を全て書き終えたあと、改めてネットで調べてみた。ほんのわずかだが、「幽霊消防団員」というキーワードが引っ掛かった。消防団活動をしていないのに、報酬や手当を受ける消防団員のことらしい。
横領事件になったケースがわずかに「ベタ記事」にはなっていたが、なぜそんなものが存在するのか、核心に迫れているものは無かった。毎日新聞に寄せられた過去の投書を調べてみると、やはり問題視する声が見つかった。
もしかしたら、構造的な問題なのかもしれない。
数日後、裁判所で会った男性に連絡をとると、昼休みに出てきてくれるという。人目につかない場所を選んで、彼と会った。
「実は、私自身も『幽霊』なんですよ」
いきなりの告白だった。
地元で「消防団員にならないか」と勧誘を受け、地域のためになるならと、引き受けたという。消防団員は非常勤特別職の地方公務員で、多くの人が本業と兼務している。報酬や手当は地域によって差があるが、地方交付税算入額でみると、年額3万6500円の報酬がベースとなり、出動1回当たり7000円の手当も支払われる。
ところが団員になってみると、火災現場への出動や訓練の参加なんてお呼びはかからない。彼が実際に呼ばれた先は、研修を名目とした事実上の慰安旅行や、すき焼きや寿司が振る舞われる宴会だった。どうやら本来なら団員個人に支払うべき報酬や手当をプールして、遊興費に充てているらしい。あまりのことに、彼は幹部に退団したいと打ち明けた。
「おかしいと思いませんか。こんなのありえない。まるで昭和の時代、時代錯誤もいいところですよ」
彼は何度も「おかしい」と繰り返していた。中には消防活動の際に使う手袋などの備品の購入に充てられるケースもあるようだが、本来、個人に支払うべきものなのだから、消防団の都合で使うことは制度の趣旨に反する。そうしたことの延長線で、「報酬の私物化」ともいえる杜撰ずさんな使われ方になっていったのではないか。
「やれるだけのことはやってみます」
男性に取材への協力をお願いした。話だけではダメだ。確実な物証を何としても手に入れなければ。
「幽霊」の口座通帳 謎の入出金記録を入手!
男性によれば、消防団員になったときに報酬を振り込むための口座を作らされたという。幹部に返してほしいと話しても拒否された。もしかしたら――
彼は地元から離れた金融機関の支店へ向かった。万が一にも男性の動きが消防団側に知られてはいけないからだ。その支店で、口座の通帳を再発行してもらった。
やはりそうだった。
そこには、男性に覚えのない入出金の記録がびっしりと記載されていた。通帳の3ページ以上、5年分を超えていた。要するに、すでに団員を辞めているはずの彼に支払われた報酬や手当がその後も口座にプールされ、勝手に引き出されていたということだ。
予想はしていたものの、現実を目の前に突き付けられて、男性は動揺しているようだった。
「少し考えさせてください」
決定的な証拠であり、すぐにも報道に使いたかったが、そう語る男性に無理強いもできず、その後、何度か話し合いをした。彼の秘密を厳守すること、そして彼が地元で暮らしにくくなるようなことが決してないように約束して、コピーを提供していただけることになった。
分団長に証拠を突き付けると…
証拠のブツは手に入った。次は当事者に認めてもらう必要がある。
向かったのは、消防団の分団長の自宅だった。アポイントを取って警戒されては意味がない。直接、夜回りすることを選んだ。
分団長の自宅は、田んぼの中にあった。留守だというので、2時間近く待って再び尋ねると、背の高い男性が現れた。
「消防団のことでちょっと聞きたいことが…ある分団員からの話です」
説明すると、明らかに動揺が見て取れた。目が天井の方に泳いでいる。
謎の入出金が記録された通帳のコピーを見せた。もちろん、誰の通帳であるかは分からないようにしてある。
「この通帳の名義人は、入出金に記憶がないと話しています」
紙を食い入るように見ている。
あ、これは心当たりがある表情だな…。そう感じて静かに見守った。
「確かにそういうことは、あったかもしれません」
認めた。
なぜ、辞めたはずの団員が存在しているのか、説明を求めた。
「基本的には辞める時は、次の人を探してきて辞めてと言っている。辞めたと言われても、ちょっと待ってくれと。定年はしょうがないけど、個人的に嫌だとかそういう理由は。だから、幽霊が出てくるんですよ」
辞める自由がないというのも、おかしな話だ。プールされた報酬で宴会が開かれていたことについては、こう釈明した。
「団の士気に関わるコミュニケーションをとるために、飲み食いは必要だったんです」
消防団員の報酬は、元をたどれば私たちの税金だ。それが消防活動をしていない人の分も支払われ、しかも飲み食いに使われていたとあっては、どんな言い訳も通用しないのではないか。
しかし、これを一消防団の問題にしてしまってはいけない。構造的な問題を明らかにしなくては、解決には結びつかない。
数日後、岡山市消防局を訪ねた。告発した男性が特定されない範囲でこれまでの取材を説明し、「報酬や手当を支給しているにもかかわらず、活動履歴が把握できない団員が2年間に何人いるのかを明らかにしてほしい」と伝えた。
消防局の幹部は終始、硬い表情で受け答えし、「検討させてください」ということだった。これは相当、警戒されているな…ちゃんと回答してくれるだろうか。
岡山市だけで348人の「幽霊」
しかしそれは杞憂だった。事実を認めるほかないと考えたのか、岡山市消防局からの回答では、活動の記録がない消防団員は2年間で348人に上った。電卓で計算すると、合わせて1460万円の報酬や手当が支払われていた。
2018年5月、毎日新聞の全国版社会面に、スクープとして掲載された。
反響はすぐにあった。報道の2日後、日本維新の会の片山虎之助議員が、参議院の総務委員会でこの報道を取り上げて、消防庁長官に質した。彼は日本消防協会の元会長(現在は最高顧問)で、岡山は地盤という事情もあったようだ。主なやりとりはこうだ。
こうした反響があったことは嬉しいが、やりとりを聞いて、これは岡山だけの問題で終わってしまうのではないかと思った。まだまだ報道しきれていない。
今回の報道を背後から支えてくれたのは、岡山支局のデスクだった。社会部出身で普段は淡々としているが、その時は嬉々とした表情で尋ねてきた。
「高橋、どうしよっか」
「もう少し掘り下げてみたいですけど、どうすれば」
「アンケート調査をやってみようか」
岡山の片隅から全国調査を展開する。そんなことが自分にできるのだろうか。
全国調査を開始、なんと3億円が…
まずは消防団のある45の道府県を対象にした。質問は簡潔にポイントを絞らないと、回答率が悪くなるし、自治体に過度な負担をかけてもいけない。A4サイズ2枚にまとめ、消防団担当者宛てにメールで送った。送る前と後には担当者に電話を入れ、趣旨を説明した。
回答期限は約1カ月後。渋る自治体もあったが、①全国で同様の調査をしていること、②無回答の場合は自治体名を公表すること、③岡山市以外でも問題提起する声が寄せられていることを伝えると、なんとか2カ月で全自治体から回答が集まった。
結果は、予想した通りだった。4割もの自治体で、報酬や手当が振り込まれる個人名義の通帳を、消防団が管理していると回答したのだ。アンケートは「調査報道」の中でも初歩的な手段かもしれないが、根気と問題意識が明確であれば隠れた「数字」を浮き彫りにできる、そんな手応えがあった。
翌2019 年に東京本社の経済部に異動したが、その後も調査は続けた。2020年に対象の範囲を人口10 万人以上の264都市とし、2019年度までの2年間の活動についてアンケートを行ったのだ。251自治体(回答率95%)から回答を得た結果、活動履歴が残っていない団員、つまり「幽霊」は116市に合わせて4776人もいた。大半に報酬が支払われていて、総額は3億1427万円にのぼっていた。
やはり全国にいたのだ、「幽霊」は。
「幽霊のアジト」に潜入
とはいえ、数字だけでは説得力に欠ける。やはり当事者に直接、取材をすることで、現場で何が起きているかを明らかにしないと、実情が伝わらないだろう。
取材でつながったある識者に、東京都内の消防団員を紹介してもらった。
「一度、覗いてみますか」
彼の手引きで連れていかれたのは、消防団員たちに「アジト」と呼ばれている機庫だった。前夜、そこで飲み会が行われたのだという。
階段を上った先ですぐ目についたのは、トイレの前に散乱した5本の一升瓶だ。部屋の中に入るとそこらじゅうにスナック菓子のくずや袋が散らかり放題。ゴミ袋からは、ビールの空き缶がのぞいていた。
「散らかっていて、すみませんねえ」
そんなことを言いながら、彼は部屋の掃除を始めた。冷蔵庫は、ウイスキー、焼酎、ビールで満杯だった。
片付けを終えたところで、彼はおもむろにパソコンを立ち上げた。そこに表示されたのは会計書類。北海道や新潟への旅行の見積もり書には、コンパニオン付きの宴会が行われた温泉地や、歓楽街のススキノへの行程が書かれていた。いずれも、幽霊団員に支払われた報酬をプールしたカネが使われたという。
幽霊団員というものが利用された「現場」を、この目で見ることができた。こんな実態を、納税者が知ったらどう思うのだろう。
役に立った「メルマガ」
当事者の割り出しに役立ったツールを紹介しておきたい。「メールマガジン」だ。
普通なら毎日新聞などのメディアが発行するものだが、私は「高橋祐貴のメールマガジン」と題して、取材で名刺交換をした相手に2018年から配信していた。送っていたのは、約2000人。3~4カ月に1回の頻度で、紙面に掲載した記事のURLを送っていた。当時の支局長と話し合い、記事の内容以上のことは送らない約束で、あくまでも取材相手との関係作りの一環として始めた。返信率は良くて5%で、久しぶりに連絡を取り合うことで新しい取材につながることもあった。
メールに掲載する話題は賛否が分かれるテーマは避け、軟らかい話題を選ぶようにしていた。例えば、JR岡山駅付近でビラを受け取ってもらえる確率が約8割を誇る「チラシ配りの女王」が存在する話だったり、欧州の食用花が年間200種類そろう農園の話題だったり。
幽霊団員の取材では、メルマガの文末に「お尋ね人」として、消防団員を探している旨を付け加えてみた。いきなり「幽霊」と書いても奇妙に思われるだけなので、とにかく消防団員とのアクセスにつなげようと考えた。
難しいかなと思っていたが、2人の団員が連絡をくれた。
そのうちの一人、40代の女性は「何か聞きたいことある?」とメールの返信をくれた。そこでこちらから連絡を取ることができた。
最初に尋ねたのは、「消防団ってどう思いますか」ということだった。すると女性は、一気に不満を漏らし始めた。
「とにかく飲み会ばっかりでひどいんです。完全な男社会で、縦社会。多様性なんてぜんぜんありませんよ」
地方の町に移住した彼女は、勧誘されて団員になったそうだ。彼女だけでなく、移住してきた人は必ず勧誘されるという。愚痴が続く話の内容から、これはいけるかもしれないと思い、当ててみた。
「幽霊消防団員って、知っていますか」
「ああ、知っていますよ、私も幽霊です」
ビンゴ!
「高橋さん、取材しているんですか、ぜひやってくださいよ。知っていることなら包み隠さず話します」
彼女によると、消火活動の現場や訓練活動に行ったのは、数年の間でたったの1回だけだという。直接的な消火ではなく、周辺の交通整理の役回りだった。飲み会が嫌で参加しなくなると、活動に呼ばれることもなくなった。
そしてやはり、同じような報酬や手当のプールが行われていたというのだ。
それを知っていながら、声を上げることができなかったのは、不正を指摘したら地域から「村八分」にされてしまうのではないかという不安があったからだ。メルマガをきっかけに連絡をくれたもう一人の男性も、「強引な勧誘」「不正を告発したら村八分にされそう」という同じ不安を語っていた。
一連の取材の中では、そもそもは消防団員の成り手不足が深刻化する中で、団員がいると装って予算を確保する苦肉の策だったとも聞いた。それが慣例となっていくうちに、現在の事態を招いてしまったのだろうか。
ついに国が動いた!約6割が団員に支給せず
2020年12月、毎日新聞の一面で全国調査の結果を報じた。これまでの報道を受けて、政府はようやく検討会を立ち上げ、報酬の支給方法の見直し作業に入った。そして調査報道というものはなかなか他社が「追いかけ」てくれないものだが、次第に報道も広がっていった。
今年4月、政府は報酬や手当を団員個人に直接支給していない消防団が約6割に上ることを明らかにした。一部の自治体を対象にした私たちの調査では約4割だったので、それをさらに上回る数字だった。総務省消防庁は全ての自治体に対し、報酬などを個人に直接支給するよう改めて通知した。
消防団といえば、多くの人が火災現場で法被を着た団員が初期の消火活動に当たっている姿をイメージするかもしれない。ただ、私には特別な思いがある。
私は、神戸市出身だ。阪神・淡路大震災を経験した。あまりの恐怖と混乱で記憶は断片的でしかないが、倒壊した家屋を前に、自らのことも省みず救助に取り組んでいたのは、消防団員たちだった。地域にとってなじみ深い「共助」の中心組織。多くの消防団員が、同じように身近な人たちのために熱心に活動しているのだろう。
だからこそ、一部であっても不正が行われていることは想像したくなかったし、間違いがあれば何としても正さなければならないと考えていた。
支局時代からこだわり、追い続けてきた取材で、一定の成果が出たとは思う。ただ、国の対処が十分な効果をもたらすかは、まだ見えていない。
そして、根本的なことは何も解決していない。そもそも、予実管理さえまともにできていないこの国の予算の在り方に問題があるはずなのだ――
「見えない予算」の取材につながる
「見えない予算」取材班は、当初は担当デスク1人、記者3人の体制でスタートし、私は2020年の7月に、メンバーに組み込まれた。幽霊消防団員の記事も、実は「見えない予算」シリーズの一環として発信した。
予算といえば、「持続化給付金」の事業を委託された一般社団法人「サービスデザイン推進協議会」の問題が記憶に新しいと思う。割高な事務経費や、再委託の際の中抜きが指摘されていた。そもそも使い道が見えにくくなるのは、監督官庁もなく、本格的な情報公開の制度さえない「一般社団法人」という組織、仕組みのためだ。そして、その実態を網羅する統計はどこにも存在していない。
そこで「一般社団法人」そのものを調べてみようと考えた。記事の後文には、企画の趣旨としてこんな一文が添えられた。
取材班が利用したのは、政策シンクタンク「構想日本」やNPOの「Tansa」などが運営している国の事業の内容や予算のデータベース「JUDGIT!(ジャジット)」だ。
これを利用して分析した結果、国が2015年度から18年度の4年間に予算化した政策のうち、一般社団法人に支出した予算が少なくとも1兆3500億円に上ることが判明した。支出元は経済産業省が突出して多く、同省の予算執行が一般社団法人に依存している構図が鮮明になった。
一連の報道で目指したのは、特定の組織や個人を批判することではない。貴重な血税の執行状況について、外部監視が可能な情報公開のルールが整備されていないことそのものを問おうというのが、取材班の共通認識だった。批判一辺倒で終わらず、提言まで議論し合い、そのあり方を提示しようとした。
予算取材に、「幽霊消防団員」の取材で積み重ねてきたことが活きたのは間違いないと思う。取材スタートからアウトプットまでの道筋が、なんとなくイメージできた。そして調査報道というものは、経験を重ねるごとに手法が確立され、新たな発見があることも、身をもって感じた。
いまの時代だからこそ「ささやき」を端緒に
いま、JUDGITのようなデジタルツールやAIを活用すれば、誰でも公開情報からニュースを生み出せる時代が来ていて、使いこなすノウハウも記者のスキルの一つになりつつあるのは間違いない。ただ、「幽霊消防団員」以来の取材で実感したのは、デジタルはあくまでも取材の補足に過ぎないということだ。一次情報は全て対面による取材相手の「ささやき」から得られた情報ばかりだった。
私は去年から、2種類の名刺を持つようになった。「経済部記者」という肩書が書かれたものと、「記者」とだけ書かれたものだ。相手が「経済部の記者」という先入観を持てば、本来なら聞けたはずの、ちょっとした疑問や雑談を控えてしまうかもしれない。本来の業務を外れた、そこにこそ端緒があるのではないだろうか。
端緒を得ても、経済部記者として担当しなければらならい業務とどう並行させるかは悩ましいところではある。しかし、目の前にいる情報提供者の疑問に応えることは、記者として本当の意味で読者に向き合うことにつながるのではないだろうか。いまはそんな思いだ。
多様なツールがあふれ、誰でも情報が得られる時代だからこそ、ネットやSNSに載っていない一次情報の価値は高い。経営難から記者の要員も減り続けている中で読者と一緒に事実に迫っていく手法こそ、いま求められている気がしている。
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調査報道はデジタルで読まれたのか?データを公開します
「幽霊消防団員」については、4年間で12回の報道を展開してきました。他のメディアがほとんど取り上げないなかで独走状態だったせいもあってか、毎日新聞への情報提供は約100人から寄せられ、いまも途絶えません。
記事のアクセス数は、平均的なインタビュー記事やまとめ記事に比べてると30倍以上に上っています。なぜ、一見して地味なテーマである消防団の話題が読まれたのでしょうか。
なぜアクセス数が伸びたのか
一つには、関係人口が多いためではないかと推測しています。
団員数は減り続けるとはいえ、全国で80万人に上ります。さらに団員の家族や消防職員(16万人)の間でも、幽霊団員は「タブー視」されている話題で、「消防団は最後の『聖域』って呼ばれているんですよ」(消防職員)ともささやかれていました。
記事化できれば業界内の関心を集められそうな感触はありました。もちろん全ての消防団で不正が常態化している訳ではありませんが、気になる話題ではあるでしょう。約300万人を関係者として想定できると考えました。掲載前に誰に向けて記事を書くのかを明確にできたことが要因だったのかもしれません。
普段と違う読者層?
詳細なデータは明かせませんが、読者層を年代別に見ると、35~44歳男性が最多(30%)で、25~34、45~54歳男性、35~44歳女性(各15%)と続きます。55歳以上は10%程度にとどまりました。年齢層的には、普段の毎日新聞読者とは、ちょっと違うところに刺さったのかも知れません。
SNSでの拡散と読まれた数は比例しない
さらにアクセス傾向を分析してみると面白い結果が得られました。
比較材料とするのは、「見えない予算」で報じた、五輪予算が1兆4530億円に膨張した背景に追った記事です。取材では、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の内部文書や委託先との契約書の写しなどを入手し、委託費やその大部分を占める人件費について、「五輪『人件費単価』30万円 委託1人日額 肥大化止まらず」「五輪会場運営1人35万円」などと報じました。官公庁が発注する他の事業に比べて人件費単価が過大で、委託費が膨れ上がっているのではないかと指摘した内容は、SNSを中心に話題を呼び、ツイッターのトレンドではランキング上位に入りました。
結果としては、消防団の不正に関する記事のアクセス数は、この五輪予算の記事には及びませんでした。しかし僅差で肉薄していたのは意外でした。フェイスブックやツイッターのシェアやリツイートされた数字が必ずしも「読まれている」ことを反映していないということを、身をもって体験しました。
東京だけで読まれた「五輪」全国で読まれた「消防団」
地域別の傾向を分析してみました。
すると、五輪に関する話題のアクセスは首都圏がほとんどで、地方の読者層を巻き込みきれていませんでした。
一方、消防団に関する記事は地域に偏りなく読まれていました。やはり当初想定したように、消防団は広く全国に関心がある人がいる話題だったということでしょうか。
やっぱり調査報道は強い
どちらの記事も配信後1週間~1カ月近くかけて読まれ、改めて調査報道の意義と重みを感じました。
いずれのテーマも、報道直後は他メディアは追随してくれませんでしたが、国会の質疑で取り上げられたことで、少しずつ変化が見られました。
国会会期の前後に調査報道で取り組んできた記事が報道できれば、注目度も高まりやすいということですね。
高橋祐貴 毎日新聞経済部記者
神戸市出身。慶應義塾大学文学部卒。2014年、毎日新聞社入社。和歌山支局、岡山支局を経て2019年5月から東京経済部。金融や資源エネルギー庁、経済産業省を担当し、20年10月から始まった調査報道企画「見えない予算」で、市民団体「メディアアンビシャス」による活字部門に入選。単著に「幽霊消防団員」(光文社新書)。現在は新たな連載「再考エネルギー」の担当も併任。
初出:2022年1月8日