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調査報道大賞②スクープ番組はどのように誕生したのか 優秀賞 映像部門

「調査報道大賞2022」の受賞式が9月2日に開かれました。選ばれた報道は何が評価され、受賞者たちはどんな取材の苦労や思いを語ったのでしょうか。今回は優秀賞の映像部門を受賞した2つの報道から。選考委員による講評と、報道にあたった当人のことばのほぼ全文を、こちらで公開します。

『偽りのアサリ ~追跡1000日 産地偽装の闇~』CBCテレビ

講評:三木由希子さん
「この問題は、消費者であるあなたの問題だと社会に問いかける優れた調査報道」

一連の報道では、中国から輸入されたアサリを、熊本県内の干潟で「蓄養」すれば熊本産として販売ができるという仕組みを、ある意味、悪用して外国産アサリを熊本産と偽り販売していたということを地道な取材の積み重ねで放送されました。

そのことが高く評価されたのではありますが、番組を拝見して非常に感銘を受けたのは、まずは蓄養している現場そのものをきちんと映像に捉えていること。
そして、熊本産のアサリが不自然なまでにたくさん流通していることを地元の人の知りつつも、なんとなくみんな触らないという地域の人の声も、きちんと画面を通して伝わってくる。
この問題について告発をした事業者が、実名で顔を出して問題を語る。問題を語るだけではなくて、事業者が自らの反省を踏まえてどのような取り組みを行ったのかという、未来の展開をきちんと示している。
さらに、報道されたのは熊本県の問題なのですが、愛知、岐阜、三重という熊本から離れたところで最初の放送があったことで、熊本県が問題に正面から向き合わなかったいうことが画面から伝わってくる構成になっている。これがTBS『報道特集』で報道されたことで国の問題になり、それで初めてみんなが問題に向き合うようになった。報道されるべき内容が、1つの地域だけではなく、いろんなネットワークを通じてきちんと社会に知らされていくことの重要性も感じさせていただけるという番組であったと。

情報公開クリアリングハウスの代表で、選考委員の三木由希子さん

もう1つ、非常に印象に残ったのは、この問題は消費者の問題ですということもきちんと画面を通じて伝わってきたということ。国産のアサリを望むのは消費者で、外国産だと買わない、あるいは消費することに消極的になる。そういう問題が根底にあって、事業者が悪質だということだけでは済まない問題。「あなたたちが問われている」ということを画面通して伝わってきたという意味では、いろんなことが社会に問いかけられた非常に優れた調査報道であったと思いますし、調査報道っていうのは、こうやって問題を提起するだけではなくて、その問題を原因に一体何があるのかということを多くの人が考えるきっかけにもなったということで、大変感銘を受けたというところがございます。

ぜひ、このような問題の発掘を継続して、テレビ放送局として続けていただければと願っております。本当におめでとうございました。

受賞のことば:CBC 吉田駿平さん
「調査報道に近道はないと実感」

この取材を始めたきっかけは、今から5年以上前に、愛知の漁師から聞いた話でした。そこから大規模なアサリの産地偽装の実態を、どういうふうにして映像で説得力をもって表現するかということに苦労しまして。前進と後退を繰り返しながら、3歩進んでは2歩下がるような取材の連続だったんですけども、少しずつこの5年間で前に進めたことが、こういう結果につながったのかなと思ってます。

取材を始めた記者の吉田駿平さん。現在は東京支社の営業部に

私は人事異動で記者の仕事を途中で離れるなったんですけど、周囲の力を借りてなんとか前に進んでこられたらことが、こういう結果になったのかなと。振り返ってみると、本当に調査報道には近道はないんだなということを体感、実感することができました。

これからもローカル局の一員として、身近な問題や関心を広げて取材をしていければいいな思っています。今回の取材の反響とかを見て、こういう地道な取材というのが世の中からも認められるんだなということを実感できました。この度は本当にありがとうございました。

受賞のことば:CBC 吉田翔さん
「報道をした放送局として、ここで取材を終わらせない」

今年の1月にTBSの報道特集で放送していただいて、2月に農水省が動いて熊本県も本格的に乗り出して、スーパーから産地偽装品が一掃されました。報道がきっかけで、消費者が騙され続ける状況が変わったというのは良かったなと思います。

取材を引き継いだ記者の吉田翔さん

偽装の当事者かつ偽装していた張本人がリスクを承知の上で顔出し実名で出ていただいたことがこの結果に繋がりました。おそらく彼が取材に応じたのは、報道の力を借りればが事態が改善するかもしれないという期待があったからだと思うのですが、このように市場が一転したことで期待に応えられたのかなと思います。

ただ一方で、報道がきっかけで外国産を消費者が避けたことでアサリの需要が落ち込んで、一方で愛知県産など国産のアサリは価格が高騰しているという新たな側面もあって、消費者、そしてアサリ業者、全ての人が幸せになっている状況ではないということが今、事実としてあるので、この報道をした放送局としてここで取材を終わらせるのではなく、今後もしっかりと取材を続けていきたいと思います。

受賞のことば:CBC 松本年弘さん
「調査報道に必要なのは、記者個人の圧倒的な熱量」

CBCは大きな局ではありません。3人中、私もこの7月で編成部に異動になり報道部に残っているのは吉田翔記者だけになりました。吉田駿平記者はアサリをずっとライフワークのように追い続けていたのですが去年の夏に異動になり、相当悔しかったと思います。

(吉田駿平記者は)志半ばで異動した後も関係者とずっと連絡を取っていて、不正の当事者の顔出し実名でのインタビューにこだわり、秋に何とか(インタビューが取れそうなので)これを出したい、と連絡をもらいました。じゃあ、これを一番いい形で出すにはどうすればいいかと、さらに詰めていきました。

デスクを務めた松本年弘さん。現在は編成部に

うちの会社は、上司を説得すれば、違う部署でもなんとかできてしまう、ということが起こりうる会社でして。結局、調査報道に必要なのは、記者個人の圧倒的な熱量だなと、改めて思っております。
本日はありがとうございました。

『ミャンマー軍による市民への弾圧や軍事攻撃の実態に迫る一連のデジタル調査報道』NHKミャンマープロジェクト

講評: 江川紹子さん
「新旧あわせた取材手法を使い、回数を重ねて深掘りする優れた報道」

この作品は、何度見ても圧倒的に素晴らしい。取材対象、取材の手法、そしてその運用、いずれをとっても非常に優れていたと思います。

国際報道というと、欧米が絡むところが世界中から色んなメディアが寄ってきて、かなり手厚い、分厚い取材がなされるわけですが、ミャンマーの場合はそういう状況ではなかった。そういう中で、アジアのテレビ局としてこの問題に取り組んだ、しかも1回で終わらせないで回数を重ねて時々の変化、深堀していく様子というのは本当に見事なものだと思いました。

選考委員長を務めたジャーナリストの江川紹子さん

その手法も、やっぱり色んな制限が――コロナとか、戦地だとか――そういうのがある中で、新しい手法と、ずっと培ってきた従来型の手法とを組み合わせてやるというところはまた、非常に素晴らしかったと思います。

そして軍事独裁の中で、人々の命とか、自由が蹂躙されていく様、あるいは人々が自由や民主主義を求めていく様子を、本当に手に取るように伝えてくれるものでした。

例えばテロとかいうものも、こういうところから始まるんじゃないかと、そこの芽みたいなものも見えてきて、その同時進行で私たちは見ることになりました。日本は、ミャンマーの国軍に協力してるような感じですが、果たしてそれでいいんだろうかとか、あるいは日本にいるミャンマーの人たちの苦しみとか色んなことを知ったり考えたりさせられる優れた報道であったと思います。

時期はいつになるかわかりませんが、その後、というものも知りたいなと思いました。本当におめでとうございました。

受賞のことば:NHK 善家賢さん
「アジアの放送局として伝え続けなければと」

ミャンマーでクーデターが起きたのが去年の2月1日で、当初、(記者やディレクターが)現場に行けないかと考えたんですけど、コロナ禍に加え、軍が非常事態宣言を発して海外からの渡航を受け入れないという状況でした。どうしたものか、ということで注目したのが、OSINT(Open Source Intelligence)でした。当初、どこまでできるか分からなかったのですが、ミャンマーの人たちが動画を撮ってSNSに大量にあげていたので、とにかく、それが利用できないかというところが始まりです。

チーフ・プロデューサーの善家賢さん。大型企画の開発を手掛ける

当初、動画を1000本以上集めて、彼らディレクターたちが検証して、軍の弾圧の実態を調べる―フェイクも混ざっているので、その動画が事実なのか検証した上で使用しました。こうして、NHKスペシャル3本、BS1スペシャル1本、そして動画を集めたウェブサイトを作りました。大変な作業も多かったのですが、ここまで続けられたのは、江川さんにもおっしゃっていただきましたけど、やっぱりアジアの放送局として、ミャンマーの危機的な状況について自分たちが報じなければいけない、自分たちが何とか伝え続けていきたいという気持ちで乗り切ってきたという感じです。

今後も、いつになるかは決まっていませんが、報道を続けていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

受賞のことば:NHK 石井貴之さん
「忘れさせないことが調査報道の役割」

このシリーズで全体ディレクターとして取りまとめをしていました。国際モノのNHKスペシャルやクローズアップ現代を作ることが多く、いつも海外メディアと比べて彼らが報じないことをやってきたんですけども、例えばミャンマーシリーズで2本目の時は、クーデターから半年経ったタイミングでしたが、海外メディアはあまり報じなくなっていて、自分のところに集まってきた映像も掘り出さないとそのまま埋もれていく状況でした。なので、掘り起こす、というよりは、もうこれをそのまま埋もれさせてはいけないという危機感をもってやっていて、3回目になるとウクライナのこともあって、さらに海外メディアは報じなくなっていて。

ディレクターの石井貴之さん。シリーズを通して取りまとめにあたっている

私も、調査報道の役割というか価値は、ミャンマーについて忘れさせない、のど元を過ぎて忘れられゆくことに、忘れていませんか?と訴えることができるものだ、という思いでやってきました。

こうして、調査報道という名前のついた賞をいただけることは非常に光栄ですし、これが励みになって同じような手法やテーマの取材に取り組んでいきたと思います。

受賞のことば:NHK 浄弘修平さん
「OSINTだけでは伝わらないことがある」

OSINTを担当していました。最近、OSINTという言葉は、NHK内でも非常に広まってきています。

ディレクターの浄弘修平さん。新型コロナの感染拡大を探るOSINT番組なども手掛けた

今日もOSINTをやってるメンバーと話をしていて、OSINTは、映像表現された際には最新テクノロジーを使った非常にきれいな車みたいに見えますが、実際には僕らが足で動かしているようなアナログな側面があります。

そしてCP(チーフ・プロデューサー)たちがいつも言うことなんですけれども、OSINTだけではやはり伝わらないことがある。どのデータで何を訴えていくのかを常に意識して、どの情報からそれを導き出すのかを頭に置いて語っていく必要がある、取り上げていく必要があるということ。そして現地の人たちの声を裏付けたり、補強の材料としたりするためにデータを使うということでもあるなということを肝に銘じて、より一層、現地取材も含めて取材を続けていきたいと思ってます。ありがとうございました。

(次回は優秀賞・デジタル部門の受賞者のことばを掲載します)