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諦めのち、福来たる
波打ち際の海底から打ち上がる物、もしくは強い潮汐の作用で砂中から表層に掘り出された物。それらのとうの昔に息絶えた生物、あるいは人の手が加わった古物が落ちていないか丹念に眼を配って探し、嬉々として拾い悦ぶ行為が「ビーチコーミング」である。
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この酔狂な遊びの楽しさを鎌倉・材木座海岸を舞台に教えてくれた人が北鎌倉で高明な寺の住職を父にもち、自身は深海探査や海中居住のための特殊潜水器具を開発していた故・山田海人(稔)さんだ。
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山田さんはこのビーチ特有の宝物として中国から運ばれ、材木座海岸の和賀江島で荷下ろしされた鎌倉幕府への献上品「青磁」のかけらや、同時代に亡き骸が埋められたであろう馬の歯、滑川周辺でかつて燃えないゴミとして廃棄されていた液体薬や化粧水、インク用の小さな硝子瓶などを挙げ、それらがなぜ浜に転がっているのか、歴史的背景を交えてロマンティックに語ってくれたものだった。
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そのストーリーを陶然となって聴きながら、自分もこのビーチでは出会う率が高まる大潮の最干潮時に目指し、遊びを追求尽くす山田さんと一緒に歩いて自身のコレクションを増やすとともに、さまざまな紙媒体にてビーチコーマーの視点から材木座海岸の魅力を紹介した。
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ついにはビーチコーミングの書籍『ビーチコーミング学』(東京書籍)まで制作するに至る熱中時代はひと段落。すっかり材木座海岸を歩く機会も少なくなった。それでも4月あたりから朝、昼の時間帯に最も汐が引く「春の大潮」のシーズンが到来すると、どうもソワソワしてきて落ち着かなくなったりするのだが。
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「プレ春の大潮」となる先日の日曜日。たまたま鎌倉に用事ができたので、10時過ぎに最干潮となる材木座海岸に寄って久しぶりに歩いた。
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和賀江島近くまで潮が引き、ふだんは海中のエリアが露わになっていて期待に胸が膨らんだ。しかし、ここは早朝から地域住民のライバルが歩きまわる場所。時すでに遅しか、砂中、海底に眠る宝物がついに枯渇したのか。目ぼしいものがまったく視野に入ってこない。
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じつはいつか手にしたいと密かに憧れ続けている美しい貝がある。色彩か文様か造形か。魅力ある貝の三大特徴のうち、インパクトあるフォルムに強く惹かれるのがネジガイ(イトカケ科)。材木座海岸では大潮時の和賀江島周囲で見つかるポピュラーな美貝のようで、これを拾いたいと凝視し続けたけど、全く気配すら感じられず落胆。だが、無いものはどうあがいても無駄だ。こんな状況では未練をあっさり捨てて、きっぱりと諦めるのが賢明。いったん頭の中をからっぽにして無欲の精神にリセットすると不意に幸運が転がりこんできたりするものなのだ。ぼくはこのビーチで何度もそうした体験を重ねてきたから、やはりここは何か特別な空間なのだと神秘的な想いを抱くようになった。
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無心になってあたりを見渡し、ふと思い出した。そうだ、ここには人気者の猫「キイロ」が漁師に可愛がられているんだよな。あの小屋あたりに佇んでいたりしないかなと目線を移したら、紛れもない猫のシルエットが見えたから、嬉しくなって近づき漁師の許可を得てスナップ三昧。構図を考えながら、いろいろ撮っているうちに今日はキイロに初めて会えたんだから充分ラッキーだったという気分になれた。
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すっかり貝への執心を忘却し、浜から離れて街に向かおうとしたとき、思わず嬌声が漏れ出てしまった。波打ち際から遠く離れたノーマークな場所で美しい貝が埋もれているのが眼に入ってきたからだ。くっきりと階段状に螺旋を描くかたちは憧れの美貝のひとつ「チマキボラ」に似ている。その彫刻作品みたいな造形に惚れ惚れし、どうしてこの貝がこんな所に! しかも諦めた直後のタイミングでと、材木座海岸の魔法に神妙で不思議な心地になった。ぼくは山田さんが導いてくれたのかもしれないなと考え、思わぬ贈り物に感謝した。
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その場では貝の名前がわからなかったので帰宅後にネット検索して「ネジヌキガイ」だと推察。さらに雑誌『BE-PAL』で初めて仕事したときの原稿料で購入した、奥谷喬司先生の『日本近海海産貝類図鑑』 (東海大学出版会/初版)を20年ぶりくらいに書棚から出して確認し、同定を行った。図鑑だと生きた姿に近い超ミントコンディションの標本を撮影しているため、浜で拾う風化が進んだ貝殻とはずいぶん雰囲気が違っている。その点、ビーチコーマーが寄せた情報の方が打ち上げ後のリアルな実像に沿っていて参考になるのが面白く、ありがたい。
この良縁、幸運な流れに乗って4月にネジガイを再捜索してみようかな。4月13日、中潮の13時過ぎがさらに大きく潮が引くみたいだから、良さそうだ。ワクワク。