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マグカップを繕う
5年前、友人が営む三浦市の工藝店「讃々舎」で分けてもらったマグカップを落として割ってしまった。英国のジョン・リーチ窯(マチェルニー・ポタリー)が焼いた大ぶりな杯で、美の見識について説き続けてくれた恩師、鎌倉「もやい工藝」創業者の故・久野恵一さんが愛用していたものと同タイプだった。
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エアロプレス抽出のコーヒーを毎朝満たして心温め、愛でてきたのに、ついうっかり。
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手から離れた瞬間はスローモーションみたいに落下までのシークエンスが眼に映った。粉々に割れたカップを前にしばらく呆然。やってしまった! 過ちを悔い、悲しくなった。
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確か、恵一さんも一度割って黒漆で修繕したと話していたなと思い出し、これを機に初めての金継ぎにトライしてみようかと思案しつつ、なかなか実行できずにいた。そんな背中を押してくれたのは2つの展示会だった。ひとつは日本民藝館で開催中の『鈴木繁男展』。恵一さんが敬慕し、柳宗悦唯一の内弟子だった繁男さんの心眼を捉えた工藝品の多くに黒漆で控えめに割れを繕った痕跡を見つけ、その穏やかな佇まいから直しても美しさは普遍。むしろセンス次第では趣きを増す場合があると思った。
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もうひとつの展示は旅する編集者、フォトグラファー、ライターの松岡宏大さんの著書『ひとりみんぱく』(国書刊行会)の刊行記念イベント。開催中、松岡さんはこの本にまつわるトークライブを公開したのだが、メキシコ・オアハカの黒陶十字ベルを玄関に飾っていたら猫に壊されてしまったエピソードを披露した。割れたベルは黒漆で継いだことでいっそう愛おしくなったと言う。その時、こうも感じたそう。
「物理学者カルロ・ロヴェッリが時間の本質について書いた『時間は存在しない』には、この世界は物ではなく出来事でできていると書いてあって、なるほどねと思った。僕もいろんな物を集めるんだけど、古い物ってどんどん壊れていくし、壊れた状態とか今の状態が美しいなと思えるなということなんですよ」
ぼくも同感し、カップが壊れた出来事を受け止め、修繕することで、現在形の美しさを観てみたいと願ったのだった。
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さらに修繕へと向かうモチベーションを高めるべく尊敬する天才漫画家、堀 道広さんの最新刊『金継ぎおじさん』(マガジンハウス)を読んだ。堀さんは金継ぎ教室も主宰する漆職人の顔を持つ方。この一冊からは、
●接着剤を塗り過ぎないこと
●接合時はギュッと力をこめるこて
2つのポイントを知った。
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そして、実行。まずは偽物の漆(漆っぽく見える合成塗料。『新うるし』『特製うるし』『合成うるし』などと呼称)を用いる簡易金継ぎのための必要最小限っぽい材料、道具を揃えた。ノウハウはウェブサイト『金継ぎ図書館-鳩屋』を参考にした。
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ボンド、パテ、合成うるしを塗るためのヘラは竹箸をカッターで削って自作。串団子用の竹串や崎陽軒の弁当に付いてくる串なんかでも代用できるんじゃないかって安易に想像したけれど、カップ内側にパテや漆を塗る際にある程度の長さが必須なんだと作業してわかった。黙々とカッターで整形していく自作じたいは簡単で、一点に集中する行為が自分は楽しかった。
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バラバラになったパーツの断面縁をダイヤモンドやすりで滑らかにしたり、逆にわざと傷付けたりしてからボンドで接合。うっすらと塗って10〜15分ほど経過してから合わせ始めるのが良いようだ。ボンドは約30分で硬化。その間、なんとか元通りになってくれ!と祈りながらギュッと接合部を押さえ、貼り合わせ続けた。ただ、あまり力が入り過ぎると剥がれてしまい、加減が難しい。とりあえず硬化まで行き着けたときには安堵し、達成感を覚えた。
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慎重に接合したつもりでも、どうしてもズレが生じてしまう。自分はそのズレも味わいと捉えられる男だから、隙間をパテで埋めて誤魔化した。接合部からはみ出しても気にせずためらわず、大胆に一気にパテを塗ったんだけど、あまりにも雑すぎるかな。まぁ、このラフな仕上がりも自分らしさと肯定したい(笑)。次回はもっと繊細にじっくりやってみよう。タミヤのプラモデル用パテ、乾きがかなり速めみたいだから、少しづつ出して塗るのがコツっぽい。
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はみ出したパテをカッターと耐水ペーパー#600で少しは削り落としたけれど、あまり気にせず、合成うるしも大胆に塗った。
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おおーっ! 初めての金継ぎ、自分的には無事に出来ちゃったよと感動。黒漆の景色も加わりつつ新たに再生したカップ。合成うるしだから飲用には使えないけど、愛用品のアーカイブとして居間の棚に飾って鑑賞していこう。