オランダの味を、生産者の声を、伝える~オランダレポート①~
色鉛筆の筆跡が残る、素朴だけれど色鮮やかなイラスト。ハードカバーでずっしりとした、百科事典のような質感。Slow Food Nederland(スローフード・オランダ)の「味の箱船」の本が2021年に発刊されました。クラウドファンディングを通して498人もの支援者に支えられて実現したと聞き、プロジェクトを担当したMaarten Kuiper(マーテン・カゥパー)さんに話を伺いました。
アムステルダム中央駅からフェリーで5分ほどの場所にあるレストランでMaartenさんと待ち合わせ。9月からSlow Food Nederlandのマーケティングを担当しているHajo de Boer(ハヨ・デ・ブァ)さんもプロジェクトに興味があるからぜひ同席したい!ということで、3人で色々と語りました。
本作成に至った経緯
そもそもこの本の始まりは、イタリアのスローフード本部からSlow Food Nederlandに声がかかったこと。それ以前にも、ペルーやブラジルなどのスローフード団体が味の箱船の本を出版していましたが、どれも登録された食材を紹介するに留まっていました。オランダではユースの活動が盛んなこともあり、本部は次の本の出版国として着目したそうです。
味の箱船を紹介するだけでなく、より幅広い人たちに向けてのコミュニケーションツールとしての存在も目指したこの本。
作成に関わったのは、イラストレーターやデザイナー、文章はオランダの味の箱船委員会がイタリアの食科学大学の生徒たちの力を借りて書き、レシピを収集する人もいました。プロジェクトの予算で雇われた方もいましたが、多くは無償ボランティアの貢献で出来上がったとのこと。
コロナ禍でのクラウドファンディング
約2万6~7千ユーロ規模の予算のプロジェクトとなりましたが、資金調達は主にクラウドファンディングを通して行われました。2020年10月から12月という、コロナ真っ最中の試み。
なんと目標2万4千ユーロに対して集まった額は2万9千ユーロ。総勢498の個人や団体からの支援がありました。コロナ禍だったが故に逆に、外に出られない分せめてお金で何か・誰かを応援したいという人々の気持ちは高まっていたのではないか、それが成功要因の一つなのではないかとMaartenさんは話します。
ちなみに Voor De Kunst (直訳すると「アートのために」)という文化系クラウドファンディング・プラットフォームを使ったそうです。
さらに余談ですが、Maartenさんが動画を作ってアップしたのですが、それを見た動画編集を仕事にしている友達からすぐに連絡があったそうです。「君のことは好きだけど、この動画は最低だよ」と。さすがオランダ人、直接的ですね(笑)そんな友達のアドバイスを受け、音声に写真や動画をくっつけただけの動画から、Maartenさんの顔を映して直接視聴者に語り掛けているものに変更。その方が個人的で、聴き手にメッセージが届きやすいため効果が増すとのことです。
結果的にクラウドファンディングは成功し、100の味の箱船とそれを守る人々のお話、レシピやエッセイが詰まった本が出来上がりました。百科事典のようで、じっくり読み込むのも良し、パラパラめくって雰囲気やイラストを楽しむのも良し、という一冊です。ちなみにオランダの味の箱船には、Opperdoezer rondeというジャガイモやBoeren Edammerというチーズ、Barnevelderという鶏、Brabantse Bellefleurというリンゴなどが登録されています。
もっと人の声を届けたい
この本やプロジェクトに関してメディアの注目はいくらか浴びたものの、まだ足りなかった。そして、食のジャーナリストたちにはもっと注目してほしいとMaartenさんは語ります。
この本の素敵なところ。それは、私たちが如何に食べ物を通して、人生の色々な側面と繋がっているのかを見せてくれるところ。文化だったり、景観だったり、歴史だったり...でもその繋がりを保つために努力しなければいけないということも感じているそうです。なぜなら、ありがたみを忘れてしまいがちだが、経済状況などにより簡単に失われてしまうようなものだから...
今回は予算や時間の関係で、味の箱船に関わる人々のストーリーは少ししか載せられませんでしたが、もう一度作成するとしたら、もっと人の声を伝えたい。味の箱船に関わる人々の想いや、味の箱船を取り巻く環境がどのように変わっているのかを読み手にもっと強く感じてもらいたい、とMaartenさんは言います。
「De Ark van de Smaak in Nederland」は無事手に入れ、日本に帰国後、Slow Food Nipponの代表のめぐさんにお渡しすることができました。
MaartenさんとHajoさんは、日本版の本ができたら世界中で需要があるはずだよ!と言っていました。日本の味の箱船をどう伝えていくのか、可能性に心がときめきますね。