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【ショートストーリー】ハッピースマイル。

「一応、お笑い芸人やっています」
大学時代の友人に誘われた合コンでの自己紹介でのことだ。
今日合コンに誘ってくれた友人たち皆、大手企業に勤めている。学生時代、勉強はできる方だったので大学も都内の世間一般で高学歴と言われるようなところに進学した。
そして大学卒業後は周りの友人たちと同じように一般企業に就職した。しかし、僕には小さい頃から夢があった。お笑い番組や漫才を見るのが好きで、小さい頃内気な性格だった僕はいつもお笑いに元気を貰っていた。憧れの芸人さんのように自分も身近な人や大切な人を笑わせたい、そう思うようになっていた。その後大きくなるにつれて、学校でも明るく振舞えるようになり、高校の文化祭では同級生とコンビを組んで漫才を披露した。大学では好きな芸人のライブに足繁く通う様になった。密かにお笑い芸人への夢をずっと抱いていたが、親や周囲に反対されるだろう、そんな思いもあり言い出せないまま就職した。就職後、お笑い芸人への夢を諦めきれなかった僕は入社して半年で退職した。その後はお笑いの養成所に入所して、現在の相方であるユウタと知り合いコンビを結成した。

今年で会社員を辞めて本格的に芸人を目指し始めて丸5年が経とうとしていた。来月で28歳になる。
東京で一人暮らし、バイトに追われる生活をしながら、たまに立つ芸人としての舞台のために漫才の練習に勤しんでいた。
合コン帰り、財布の中を見てため息をつく。都内でバイトをしながら一人暮らしをする身にとって、今日の合コンでの出費、一万円は痛い。
バイト増やさなきゃ、そう思って帰路に着いた。

30歳までには芸人としてやっていける自信をつけたい。そう考えながら最近ではコンビでの活動とは別にSNSにも力を入れるようになった。
あるあるネタや動画、高学歴を活かした勉強に関する投稿、時に生配信など積極的に行うようになって、少ないながらも少しずつファンが増えていっている実感があった。

ある時から僕の投稿に対して毎回必ずいいねやコメントをくれる人がいることに気づいた。
アカウント名はnamiとなっている。ある日、いつものようにSNSを確認すると、DMが届いていた。
namiさんからだった。僕たちハッピースマイルの過去にライブで披露した漫才の動画を見た感想だった。
すごく嬉しくて、丁寧にお返事をした。今まで芸人としてやっていく自信がなかなか持てなかった。それでも誰かは見てくれている、続けてきて良かった。そう思えた。その後も定期的にnamiさんからDMが届いて、やりとりをするようになった。ほとんどが僕たちに対する応援コメントだったが、たまに彼女の今日の出来事だったり食べたものなど彼女のプライベートが少し垣間見えた。

芸人としての自信がついてきた影響なのか、少しずつ芸人としての仕事が増えていき忙しさが増していった。それに反比例して、彼女からのDMは減っていった。彼女からのいいねもしばらくなくなっていることに気づいた僕はふと彼女のアカウントを覗きにいった。
すると、最後の投稿は2ヶ月前。「どうして神様はこんなにも不公平なんだろう」小さい頃から見覚えのある景色の写真とともに
こんなメッセージつきで彼女の投稿があった。彼女に何かあったんだろうか。
それから定期的に彼女の投稿を見に行くと、弱気ながらも前向きなメッセージが時折投稿されていた。

彼女のために、今元気がない誰かのために何ができるだろうか。僕は父にある頼みごとをすることにした。
3年ぶりに話す父親。スマホを持つ手が少し震えていた。
芸人を目指すために会社を辞めてから家族と少し距離ができていた。
「お父さんの病院でお笑いライブをさせて欲しいんだけど」
そう父に伝えると、「分かった。頑張れよ!」と返ってきた。
母には最後まで芸人を目指すことを反対されていたが、父は陰ながら応援していくれいたのだ。

ライブ当日、父や地元の友人たちの計らいもありそれなりに人が集まっていた。
父の力で用意してもらった舞台、お客さんの中には僕たちのことを知らない、お笑いファンではない人も多い。
そんな状況にも関わらず、たくさんの人が僕たちの漫才で笑ってくれた。
無事ライブを終えることができて、帰り支度をしていると一人の女性に声を掛けられた。
「突然すみません。私、奈美の親友の佐々木美希といいます。」
「奈美さん?あ!」頭の中にnamiさんのことが頭に浮かんだ。
「はい、そうです。今日は奈美と一緒にハッピースマイルさんの漫才見させてもらいました。
奈美、前々から今日のことずっと楽しみにしてて、漫才中はずっと笑ってました。本当は今日見に来たこと隠してて欲しかったと思うんですけど、
久々にあんなに楽しそうにしてる奈美のこと見れて、どうしてもお礼を伝えたくて私だけこっそり会いに来ました。本当にありがとうございます。」

それから2年後、僕たちコンビは漫才のコンテストで優勝することができた。
それ以降どんどん芸人としての仕事が増えていき、今僕はスタジオで自分が映るVTRを見ていた。

「実は彼女、大病を患っていたんです。僕たちのライブを初めて見に来てくれたその日、病気で弱っている自分を見せたくないという彼女とは会えませんでしたが
その後彼女が病気を克服して元気になった時改めて会うことができたんです。彼女と出会って、小さい頃僕の弟が病気がちだったことを思い出して。いつも元気のない弟を笑わせたい、それが僕のお笑い芸人を目指す原点だったと思います。」
少し照れながらそう語る自分をモニター越しに見ていた。周りに座る共演者の中には涙を流している人もいた。
「もしかして、その彼女が今の奥さんなんじゃないの?」と微笑みながら番組MCに聞かれた僕はどんな顔で頷いただろうか。


(完)


※最高のハッピーエンドをテーマに書きました。


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