優しい先輩(優しさの意味を知りたい)
オフィスには2人、今週末に開催されるビアフェスの準備に追われていた。
「優しい先輩で良かったです。」
「褒めても何も出てこないよ。」
「今日はプリンにしようと思ってます!」
「ダイエット始めたんじゃなかったの?」
「残業して働いた分エネルギー使ったのでチャラですよ!それに残業で稼いだ分のご褒美です!」
「稼いだ分って、自分で買わないでしょ?」
直美は知っている。桜木がなんだかんだ文句を言いながらも、残業で遅くなった日は下のコンビニでご馳走してくれることを。
「優しいってなんだろうね。」唐突に桜木が言う。
「どうしたんですか?急に」
「いや、よく優しいって言われるけど自分では優しくしてるつもりないんだけどね。別に普通というか。優しいって奥野くんみたいな純粋な人のことじゃない?」
「奥野ですか?あれは純粋というか何にも考えてないだけですよ。」
「なんか、捨てられた猫とかほっとけなくて拾っちゃうタイプじゃん?」
「無責任に拾っちゃダメですよ!」
「まぁ、それはそうなんだけどね。自分の言動って頭で考えてるから。そうじゃなくて、なんていうか心の底から優しくしたいって思ってできる人が優しいんじゃないかって思って。」
「そんな人いないですよ。これ、私桜木さんの悩み相談にのってますか?シュークリームも追加してもいいですか?」
「感謝されると、全然そんなことないのにってなっちゃうんだよね。」
「桜木さん、いつも仕事終わりにデスク周りのゴミ箱のゴミ集めてから帰るじゃないですか?みんな感謝してますよ。」
「うーん、それは几帳面というか、誰かのためというよりはなんとなくやらないとっていう感じだよ。」
「それでもみんなができるわけじゃないし、助かる人がいるならそれでいいと思います。仕事中だって、困ってる人や仕事抱えちゃってる人に積極的に声かけて手伝うじゃないですか。」
「まぁそれは仕事だからね。そう、それなんだよ。仕事だからやってる時もあるし、自分だって早く帰りたくて周りを見回したりしてるのに、優しいって言われてもなぁって思っちゃって。」
「それを言うと朝田さんは周りが困ってても全然気づかないですよ。牧村さんなんかは、困ってるの気づいてても助けてくれないです。」
「そう考えると、俺の場合気づいちゃうから。でもほっとくのも見過ごすこともできなくて。でもそれって、その人のためというよりは自己満足な気がする。」
「そんなのその人が心の中で本当は何を考えてるかなんて分からないですよ。私が入社したばかりの頃、竹内課長にコテンパンにされてる時に桜木さんが助けてくれたことがあったじゃないですか?その時かなり救われたんです。桜木さんがどんな思いでやったとしても、それで救われる人がいるならそれでいいんじゃないですか。」
「いい人に思われたくてやってたとしても?」
「いい人に思われたくて優しくできる人は、優しくていい人ですよ。」
そんなもんか。
桜木はなんだか少しスッキリした。
「桜木さんめんどくさいこと考えてるんですね。そんなこと言ってると私以外の女にモテないですよ。」
桜木のデスクからは直美の表情が見えなかった。
桜木は少し、ドキッとした。
(完)