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【ショートストーリー】あの人を追いかけて。

起きると昼の12時だった。
朝の4時くらいまでネット配信動画を見ていたせいだ。
大学が夏休みに入って、毎日のように昼夜逆転の生活を送っていた。
今年大学進学を機に地元の栃木から都内で一人暮らしを始めたが、週のほとんどがリモート授業でいまだに大学の友達という友達もできていなかった。
お腹空いたなと呟いて、ベッドから起き上がる。冷蔵庫の中を見ても特に食糧がなかった。冷蔵庫の中に唯一見つけたウインナーの袋の裏を見ると賞味期限が昨日までだった。袋を開けて、一つつまむ。
お母さん、お父さんゴメンなさいと心の中で呟いてもう一度ベッドに横になった。

再び寝て起きると15時を過ぎていた。毎日こんな生活を送っていて、さすがに良くないとはずっと思っていた。今日は近所の図書館で勉強して、夕方は岩盤浴にでも行こうと思っていた。
外はまだ暑そうだな、もう少し暑さが和らいだら外に出よう、そう思って動画を観始めた。

観始めると止まらなくなって、気づいたら18時になっていた。
今日は諦めて早く寝て、明日から仕切り直そう、そう心に誓った。
さすがにお腹すいてきたなと思い近所のコンビニに買い物に行くことにした。
ヨレヨレのTシャツと短パンだけどまぁいっか。
コンビニでお弁当とアイスを買ってお店を出るとき、ガラスに映る自分の格好があまりにもだらしないことにびっくりした。そしてTシャツの裾には穴が空いている。思わずその穴に指を入れてみる。イテ。Tシャツのアナに気を取られていたせいで、前から入ってきた男性に気づかずぶつかった。すみませんと言ってチラッと男性の方を見るとスラッとした長身の方だった。とてもいい香りがした。

その日の夜、アイスを食べながらテレビを見ていると高校時代の友人の美香ちゃんから久々の連絡があった。
「百合ちゃんの住んでいる駅の近くにハルキが住んでるらしいよ。」
ハルキとは今若い人の中で人気のバンドのボーカルであり、そのスタイルの良さからモデルもやっている人だ。
「へぇ、そうなんだ。」もちろんその存在は知っていたが特にファンでもなくそんなに詳しくは知らなかった。
念のため調べてみた。なるほどね。なかなかのイケメンだ。ハルキの所属しているバンド、Hiayobiの曲も聴いてみた。それから何故だか分からないが、ハルキのことが頭から離れず、暇さえあればハルキのことを調べてるようになっていた。
SNSで調べてみたが今のところ近所での目撃情報は見当たらなかった。
そして、あいにく本人はSNSはやっていないようだった。

もしかしたら、偶然ご近所に住んでて、気づいたらよくすれ違うようになって、そのうち挨拶するようになって、ある時良かったらご飯でもどうですか?なんて、誘われたりして。私はその時、Hiasobiのハルキだってことは気づいてるけど、まだあえて本人には黙っておくの。毎日ハルキのことを調べる日々に妄想だけは独り歩きしていた。

お風呂上がり、鏡に映る自分の姿に驚いた。
高校時代はバスケ部で鍛えられて引き締まった身体をしていたが、受験期間を経て、この自堕落な一人暮らしですっかりだらしなくなってしまった。
そして、一年近く美容院に行ってないため髪も伸びて酷く痛んでいた。こんな姿でハルキにあったらきっと幻滅されるだろう。とりあえず、さっそく東京ではじめての美容院の予約を入れた。

美容院当日、ひどく緊張していた。
お洒落な美容師さんにどんな感じにしますか?と聞かれた私は、流行りのいい感じにしてくださいとだけ伝えた。出来上がりを見て、かわいらしいショートカットに満足していた。美容院帰り、立ち寄った本屋にハルキが表紙の雑誌を見つけて思わず購入した。中のインタビューを読むと私は驚いた。ハルキはショートカットの女性が好きと書いてあった。え、これは運命なのかもしれない。私はその日の夜、ハルキに会えるかもしれないという思いで近所を1時間ほど徘徊したが、結局会えなかった。

それから、ハルキに遭遇できることを期待して夜に1時間ほど近所を散歩をする生活が続いた。そうすると、疲れて気づいたらいつも夜の12時には寝る生活になっていった。翌朝は7時には起きるので、どうせならダイエットも兼ねて朝も散歩することにした。ここに引っ越してきてからほとんど外に出ていなかったので、朝の明るい時間に歩くことでいままで見えていなかった景色が見えてくるようになった。元来運動部だったこともあり、朝の散歩も苦にならず、とても気持ちのいい時間だった。
早寝早起きをして生活がリズムが整ってくると、生活にハリが出てきて自炊をしたり部屋の掃除をしたりできるようになった。

朝の散歩の途中、おしゃれな雰囲気のカフェを見つけた。そういえば、ハルキはコーヒーが好きだってどこかで読んだ気がする。何度か朝の散歩後、そこのカフェに立ち寄るようになりお気に入りのカフェになっていった。

ある時、そこのカフェで従業員募集中の張り紙が目に入った。
もしかしたらここで働いたらハルキが偶然くるかもしれない。規則正しい生活をおくれるようになってから気力がみなぎって前向きな気持ちになっていたのもあってそこのカフェで働いてみようと思った。それに何より、これ以上親の仕送りでダラダラと生活を送るわけにもいかない。
さっそくアルバイトに応募して、働けることになった。アルバイトが始まり、実際に働き始めるとカフェの仲間はみんないい人で、仕事も思った以上に楽かった。

そして夏休みが明けると徐々にリモート授業も減っていき、登校する日が増えていくにつれて、大学での友達も増えて、さらにバイトの忙しさもあり充実した日々を送れていた。それに比例してすっかりハルキの存在も頭の中からいなくなって、気づいたら忘れていた。

それから月日が流れた。
去年の夏、どうしてあんなにもハルキを追いかけていたのだろうか、今となってはよく覚えてない。ハルキは本当に近くに住んでいたのだろうか。それすらも定かではない。
あれからハルキとは似ても似つかない大学で知り合った彼氏ができて、楽しいキャンパスライフを送っていた。
今日はその彼氏と渋谷にデートに来ていた。
「俺、あの人に似てるって言われるんだよね。」そう言った晴也の目線の先にある広告の人物に私は驚いた。

(完)

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