”社会正義”が活力を奪わないために
新型コロナウイルスの新規感染者数、4日は全国で1268人という発表がありました。1日の新たな感染者が1000人を上回るのは去年の10月6日以来ということです。感染が国内で初めて確認されてから今月15日で2年になりますが、オミクロン株の出現もあり出口はまだ見えていないのが現状でしょう。
コロナ禍が長引く中で私が気になっているのは、大袈裟に言うと「人間の心のあり方」です。感染に注意する暮らし方が定着すると、「心が動く経験」を持ちにくくなるのではないかと懸念しています。
先日、同世代の仲間とオンライン飲み会をした時に「コロナが収束しても“2次会”は復活しないのでは」と話した人がいました。私も似たような感じ方を持っていて、「密」が敬遠される状況が長く続くと大勢が集まってのハプニングや2次会に代表される「不要不急の楽しさ」に期待するモチベーションは下がっていくのではないかと思います(飲み会のハラスメントが減っているのはいいことですけどね・・・)。
分かりやすい例で飲み会を挙げましたが、多くの人間が集まることによって生まれるエネルギーは教育・研究・企業・余暇・・・・あらゆる場面で大きな成果を生み出してきました。それが「密になること」が「社会正義に反する(とされる)」時間が長く続くと、こうした場がどこかの時点で自然にスルーされてしまいかねない。
特に、「密」にどっぷりと浸かってきた私のような中高年以上はともかく、教育現場で機会を奪われている若い世代にとってはそうした経験をリアルに積む場が限定されるわけです。
新型コロナが長期化している中、克服されるべきはあくまで感染症であって「密」がもたらす「感動」や「発見」までもが否定されるべきではないこと。そして、「“密”経験の欠如」をどう埋めていくかが、ことしの大きなテーマになりそうな予感がします。
直感ですが、「ジャズ」は「人間の心のあり方」を想像させてくれるものとして期待できそうです。ジャズにも様々な形態があるので一概には言えませんが、良質のグループ・サウンドは人間が集合しての表現がいかに「強い」ものであるか教えてくれます。
お互いを刺激して生み出される「他者の力を借りながらの自発的な表現」がいかに豊かであるか。その可能性を垣間見ることはこの時代にあって意味があるはずです。今回はそんな気分で選んだ1枚をご紹介しましょう。トランぺッターのロイ・ハーグローブがリーダーを務めた「Nothing Serious」です。
ロイ・ハーグローブ(1969-2018)はアメリカ・テキサス州の出身。病気のため49歳で早世したのが非常に悔やまれますが、現代を代表するトランぺッターと言っていいでしょう。ストレート・アヘッドなジャズからラテン、ヒップホップを融合させたものまで幅広く活動して人気を博しました。生前に2度グラミー賞を受賞し、高い評価を得たことは短い生涯の中で幸いだったと言えるでしょう。
「Nothing Serious」はハーグローブが率いていたクインテットのメンバーで作られました。ツアーで慣れ親しんでいたメンバーと共にスタジオ録音とは思えないほどの熱量で演奏が繰り広げられています。ゲストには当時70代のベテラン、スライド・ハンプトン(tb)が参加しています。当時30代半ばのハーグローブとは親子以上の年の差ですが、互いに敬意を払って熱気あふれるプレイをしているところはさすがです。
アメリカ、カリフォルニアのキャピトル・スタジオでの録音。録音年がクレジットではっきりしませんが2005~2006年のようです。
Roy Hargrove(tp) Justin Robinson(as,fl) Ronnie Matthews(p)
Dwayne Bruno(b) Willie Jones Ⅲ(ds)
Slide Hampton(tb) on tracks 2,7 and 8
①Nothing Serious
Leo Quintero 作曲のラテン・ナンバー。これはハーグローブの手腕を印象付けるトラックです。トランペットとアルトの2管によるノリのいいテーマからハーグローブのソロに入りますが、その音色はまさにブリリアント!クリアな音がすくっと立ち上がってくるトランペットの醍醐味を味わうことができます。最初はちょっと抑え気味ですが、短いソロの間に高音のヒットを巧みに織り交ぜてたちまち聴き手を集中させてしまいます。これを受けたジャスティン・ロビンソンのアルトはキャノンボール・アダレイを思わせるスピード感で疾走。ピアノソロを経て、2管を背景にしたウィリー・ジョーンズのドラムソロも激しい熱気を帯びており、このクインテットがライブで鍛えられていること、互いへの信頼が強いことが伝わってきます。わずか4分にも満たない演奏ですが、グループの魅力が凝縮されています。
⑧Invitation
おなじみのスタンダードですが、こちらのリズムにはラテン的な要素と強力な4ビートが混在しています。スライド・ハンプトンが加わって厚みを帯びたテーマが示された後、ハーグローブのソロとなります。ここでは冒頭、意外なところで「間」を置く彼のセンスが素晴らしい。変則的な「間」にリズム陣がしっかりついていくところから、このグループの一体感がかなり高度なものになっていることが分かります。ソロ後半の切り裂くような高音のブロウも聴きもので、どんなに激しいフレーズでもハーグローブは安定しているんですよね・・・。続いてはスライド・ハンプトンのソロ。派手ではありませんが、ソロの後半で急速リズムにうまくソロを合わせて熱気を保っているのはさすがです。ジャスティン・ロビンソンが太めのアルトで男性的なソロを入れた後、ピアノのロニー・マシューズがスピードに取りつかれたような高速フレーズでテンションを高めていくところがこのトラックの聴きもの。最後はホーン陣とドラムスの小節交換でラストにふさわしい締めを方をしてくれます。
ハーグローブのグループの演奏は「自然」な感じがします。メンバーと一緒に育んだ衝動が止められない形で表に出てきているのです。このスリル、様々な分野であると思うのですが、やはり一度成功体験をすると次につながるような気がします。
若い人にせめて初期段階だけでもリモートではない経験を積んでもらうこと。それには時間と空間とお金がかかることでしょう。でも、そこに投資するだけで未来への気持ちの持ちようが変わるはずだということを、こんなささやかな場でも呼びかけていきたいです。