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人間を「単純化」しては困る

最近、「人間像が単純化され過ぎている」と思います。

きのう、東京オリンピックの大会組織委員会は観客向けの感染症対策の素案を発表しました。その中で人流抑制のため会場への「直行、直帰」が求められています。今後、観戦前後の買い物などについて自粛要請も検討するとのこと。

しかし、五輪会場まで行ってそのまま自宅に帰る人を想像できるでしょうか?会場周辺を見物したり、仲間と試合の感想を共有するために飲食に至るのは当然です。「すぐ帰ってくださいね」と言われてあっさり従うほどオリンピックの観衆は単純な人たちでしょうか?

他にもあります。菅首相が言っている「1日100万回のワクチン接種」。大規模接種会場を設置すれば人が連日押し寄せるという楽観的な期待があったのでしょうが、いまはかなりの「空き」が出ています。これもワクチンの副反応を警戒する人や、遠方まで足を運ぶことで感染リスクが高まると考える高齢者のことを顧みず、「打てるなら来るだろう」と甘く見ていた結果であると思います。

コロナの自粛がかなり素直に行われているので公的な機関は勘違いしているのでしょうか。自粛要請に従っているのは自分の感染を防ぐためでもありますが、感染で他者が亡くなるというリスクを減らすという高いモラルがあったからです。

しかし、度重なる自粛要請と「一部解除」の繰り返しに国民の意識は変化してきています。「もういいだろう」という気分があったのでしょうか、昨夜の渋谷の人出はかなりのものでした。国民の心境を読み取り、丁寧に施策の背景を説明することが求められているのですが、なかなか難しいですね・・・・。

今回は「単純な人間像に収まらない」ジャズを聴くことにしました。ジョー・ヘンダーソン(ts)の「インナー・アージ」です。

ジョー・ヘンダーソン(1937ー2001)はアメリカ・オハイオ州生まれ。1960年代にブルーノートでリーダーやサイドマンとして多くの録音を残したことから日本のジャズファンにも知られる存在となりました。

ただ、この時期に「大スター」とならなかった背景には彼の「複雑さ」があったのだと思います。ハードバップはもちろん、リズム・アンド・ブルース、そしてフリーまで消化した彼のプレイは「分かりやすい」ものではありません。

しかし、聴きこむほど「すっきり分からないが、凄い」ことが理解できるのが彼の音楽です。考えてみれば、何かを追求し続ける強さを持ったプロほど、演奏のたびに様々な側面が顔を出すでしょうから当然のことかもしれません。

ヘンダーソンがデビューを果たしたブルーノート。その第4弾となるリーダー作「インナー・アージ」はワン・ホーンで彼の多様なプレイを堪能できます。

1964年11月30日、ニュージャージーのルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオでの録音。リズム陣も最高です。

Joe Henderson(ts)  McCoy Tyner(p)  Bob Cranshaw(b)  Elvin Jones(ds)

①Inner Urge
ヘンダーソンのオリジナル。テーマはモードを消化したもので、ちょっと不穏な空気を感じさせます。ここでのヘンダーソンは非常に「コルトレーン的」といいますか、複雑なテーマをスピーディーにこなしています。ソロはまずベースのボブ・クランショウ。ものすごく太い音で弾く人ですが、後半はノリのいいフレーズで締めくくってリーダーのソロに渡します。ヘンダーソンはグイグイと吹いていきますが、コルトレーンよりもブルース色が強い感じでしょうか。高速フレーズという意味では変わらないのに、もう少し粘っこい音です。途中、フリーキーな演奏を交えながら進む中、エルヴィン・ジョーンズ(ds)が巧みに盛り上げていくのがうまい。続いてマッコイ・タイナーのピアノ・ソロ。ここはコルトレーンのグループのように重いタッチながら鋭いフレーズをバシバシ打ち込んでくる彼らしいプレイをします。そして、エルヴィンの重戦車的なソロ。ドドドドと打ち込んでくる時と、その緊張をフッと和らげるタイミングの絶妙なこと!ヘンダーソンの現代性を感じさせる1曲です。

③El Barrio
こちらもヘンダーソンのオリジナルで、タイトルはスペイン語。「スペイン語を話す人の居住区」=ヒスパニック地区といった意味だそうです。冒頭、ヘンダーソンが単独で音を割ったかのような雄叫びを響かせるので一瞬、ギョッとするかもしれません。しかし、これにラテンリズムが加わると非常にメロディックな展開となっていきます。オリジナルのライナー・ノートにナット・ヘントフが書いていますが、「ブルースの伝道とフラメンコのストーリーテリングを併せ持ったようなタッチ」があるのです。ヘンダーソンのソロは非常に情熱的で、ライナーにある「Cry」という表現がしっくりくる泣きも入ったような味わいです。これはコルトレーンにはない独特の表現でしょう。マッコイのソロの後、再び現れるヘンダーソンはもう一度泣きのソロを取るのですが、時間が足りなかったのかここはフェードアウト(!)。CD時代だったら絶対にフルで収録されていたでしょうね。

④You Know I Care
こちらはピアニスト、デューク・ピアソンのオリジナル。繊細なバラッドで、ヘンダーソンは前の曲の妖しさが嘘のように非常にリリカルな側面を見せます。メロディからソロに至るまで、エネルギーを相当抑制しており、特にソロではテンポアップしてからも音数を絞ってエルヴィンの快調なブラッシュ・ワークにうまく乗っています。続くマッコイのソロは短いですが、まばゆい音を散りばめるような実に簡潔で美しい名人芸。最後は穏やかなヘンダーソンによるメロディで終わります。

⑤の快調なNight And Day もなかなかです。LP時代、③から始まるB面が人気だったのも分かりますね。

きのう、オリンピックに伴う感染拡大のリスクに関する提言が出ました。政府の分科会の尾身茂会長ら専門家の有志がまとめたもので、「無観客が望ましい」と明記しています。

誰だって無観客のオリンピックは行いたくないでしょう。それでもこうした提言が出てきたのは、多様な人の動き方を抑制することは不可能だという人間に対する理解があるからでしょう。感染拡大が分かっているのに、何も言わないわけにはいかないという責任感の表れだと推察します。

せめて公的な機関にもこの程度の人間性に対する認識を持ってもらいたいものです。

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