「アバター会議」の時代でも・・・会う?
フェイスブックが社名を「メタ」に変更すると先月末に発表してから「未来的な映像」がメディアにあふれるようになりました。
フェイスブックはSNSの運営だけでなく「メタバース」と呼ばれる仮想空間の開発を強化するために社名を変えたそうです。この「メタバース」というのはデジタルコンテンツを画面上で見るだけでなく、仮想空間の中に深く入り込んでサービスを利用できるのが特徴の技術です。
私が先ほど書いた「未来的な映像」というのは、「メタバース」活用の例として紹介されている「アバターの会議」です。仮想空間内で開かれた会議に、自分の分身・アバターを3Dで送り込み、同じ空間で会議を行っているような体験ができるというもの。複数のアバターが会議室でワイワイ議論し、ホワイトボードまで使ってプレゼンしているのを見ると映画やアニメの世界が現実化しているのを感じます。
リモートワークへの抵抗がどんどんなくなっている時代ですから、いずれはこうした会議が主流になっていくのでしょう。以前も書いたように、私は「リモートとリアル」のバランスを取っていくべきと考えているので、あまり極端な方向に走って欲しくはない。しかし、「実際に会う」ということが徐々に貴重な機会になっていくことは確かなようです。
いずれは音楽の世界でも「リアルに会う」ことが重みを持つかも・・・そんなことを思いながら取り出したのがボブ・ブルックマイヤー(tb)の「オールド・フレンズ」です。
ボブ・ブルックマイヤー(1929-2011)はアメリカのミズーリ州カンザスシティ生まれ。10代後半からプロとして活動を始めていますが、この頃はピアノを弾いていたそうです。1950年代初頭にクロード・ソーンヒル楽団に入ってからトロンボーンをメインとし、その後、スタン・ゲッツ(ts)やジェリー・マリガン(bs)のバンドで名を上げます。スタジオや編曲の仕事を行いながら活動を続け、1979年にサド・ジョーンズ(tp)~メル・ルイス(ds)オーケストラの音楽監督になってアレンジャーとしての名声を固めました。
経歴からも分かるように、「圧倒的な演奏」で知られる人ではありません。楽器の特性もあるでしょうが、温かい音色を生かしながら巧みな編曲でバンドのレベルを上げていった印象です。
そんなブルックマイヤーが1994年の11月にデンマークのラジオ放送用に行ったセッションを収録したのが「オールド・フレンズ」です。ブルックマイヤーは1980年代にヨーロッパを拠点として活動していたことがあり、メンバーのアレックス・リール(ds)やマッズ・ビンディング(b)と共演していたものと思われます。
演奏はまさにリラックスした「旧友の再会セッション」。彼らが互いに抱いている信頼感が自然にあふれ出ているのが分かります。歴史に残るような傑作ではありませんが、「リアルで会うことの空気感」をよく捉えているという点で印象に残るアルバムです。
1994年11月30日、コペンハーゲンのジャズ・ハウスでの録音。
Bob Brookmeyer(valve tb) Thomas Clausen(p) Mads Vinding(b)
Alex Riel(ds)
②Stella by Starlight
お馴染みのスタンダード。冒頭はブルックマイヤーとマッズ・ビンディングの「かけあい」です。曲が全く分からないまま、ブルックマイヤーのくぐもったような音色とベースが絡み合い「2人ジャムセッション」の趣でスイスイとフレーズが交わされます。これが3分以上続き、どこに行くのかなーと思い始めたところでドラムとピアノが加わってバンドが動き出し、ブルックマイヤーがテーマを吹きます。この大胆な展開はブルックマイヤーがライブ感を出すために「仕掛けた」ものだと思いますし、聴衆からも拍手が上がっています。まずはトーマス・クラウセンのピアノ・ソロ。私は知らなかったピアニストですが、音の粒立ちがよく「北欧のビル・エヴァンス」と言われるのもなるほどという感じです。ビル・エヴァンスよりはタッチが強く、「ノリ」が勝っているようでアレックス・リール(ds)が仕掛けてくる強力なシンバルの衝撃を見事に受けて立っています。続くブルックマイヤーのソロは温かい音色をほんわかと伸ばしてくる演奏で急に平和な風景が広がったようです。リーダーの短いソロを受けて今度はマッズ・ビンディング。この人は超絶技巧を持つベーシストですが、テクニックが鼻につくことはなく実に伸びやかに歌っているのが素晴らしい。録音がもう少しアコースティックに近かったら良かったかな・・・。続いて、再びトロンボーンとベースのデュオとなり、2人の交感をたっぷり楽しみつつお馴染みのテーマが現れてくるのが嬉しい。この辺りはお互いの表情を見ながら演奏を楽しんでいたのでは・・・と勝手に妄想します。
③Polka Dots And Moonbeams
こちらもよく知られたスタンダード。最初からブルックマイヤーがメロディをゆったりと歌い上げながらソロへ続けます。あまり垢抜けない感じですが、素朴な味わいがあって秋にほんわかした気分になるにはいい演奏です。ここでもバックはベースだけで、ブルックマイヤーは広がりのある空間が好きなのかもしれません。2分過ぎからアレックス・リールのブラッシュワークが加わり、ブルックマイヤーのソロに少し勢いがつきます。かなり抑えたブラシに乗って「ぼわっとした」トロンボーンの音色が続く禁欲的な展開なのですが、不思議とスイングしている。ブルックマイヤーの「間」の作り方とじんわりとした語りを楽しむことにしましょう。続いてマッズ・ビンディングのソロ。ビンディングはブラッシュワークとピアノを背景にメロディアスで飛び跳ねるようなソロを展開してピアノソロに渡します。トーマス・クラウセンは抑制的な姿勢に徹しつつ、8分30秒ぐらいでメロディを引用しながら硬質なタッチによるちょっとドラマチックな仕掛けを披露、聴衆から拍手を受けています。最後はブルックマイヤーがテーマを引き受けてじっくりと終わります。
そういえば先日、リモート会議で半年以上議論してきた人と初めて実際に会うということがありました。もちろん、これまでも議論は成立してきたのですが、実際に会うと「質感」と言いますか、その人が身にまとう雰囲気も含めて受け止めたという感覚がありました。そこでは結構シビアな話をして、ある程度の合意に達することができました。やはり大事な機会では「会う」ことが重みを持ちますね。