今こそ「強がり」ではなく「寄り添い」を
東京都内で新型コロナウイルスの感染が拡大する中、この週末は「不要不急の外出」を控えるように都と神奈川・埼玉・千葉の各県などで呼びかけが行われています。
都内に住む私も「自宅待機」状態ですが、この機会にいろいろ新型コロナウイルスに関する政府の発信をチェックしてみました。その結果、日本政府の「発信力」にかなり疑問を持つようになっています。
たとえば、きのう(28日)夕方に安倍首相が記者会見したのをテレビのニュースで見たのですが、そこに強いメッセージは感じられませんでした。もちろん、「リーマン・ショック時を上回る規模の経済対策を行う」とか「生活困難世帯支援のための現金給付」といった重要なことは言っているのです。
しかし、何か心に響かないというか、「行動制限」を求められている国民がリーダーに励まされるという感覚が持てません。これはひょっとしてマスコミの報じ方も良くないのではないかと思い、会見の全文を読んでみました。
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0327kaiken.html
その結果、私が感じたモヤモヤは間違っているわけではないと思いました。会見は首相の「冒頭発言」から始まるのですが、大きな流れはこんな感じです。
●世界・国内の感染規模の説明と政府の取り組み状況
●国民に外出自粛への協力呼びかけ
●ワクチンなどの開発を急ぎ、対策を加速する
●生活困窮世帯などを対象に緊急経済対策を指示し、実行していく
●東京オリンピックは延期となったが、コロナウイルスに人類が打ち勝った証として成功させたい
記者の個別の質問を受ける前には、品薄になっているマスクの確保についての発言は出ていません。また、感染爆発が起こった時に日本の医療が耐えられるのかという話もありませんでした。外出自粛や海外との行き来の制限が進む中で経済がこの日の最大のトピックになったことは分かりますが、「国民に寄り添った」感じは薄いと言えるでしょう。
これと比べ、ドイツのメルケル首相の演説は国民に対する配慮が行き届いています。ドイツ在住のMikako Hayashi-Husel さんが日本語に翻訳してくださった3月18日の演説はこちら。
↓
https://www.mikako-deutschservice.com/post/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%E5%AF%BE%E7%AD%96%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AE%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%83%AB%E7%8B%AC%E9%A6%96%E7%9B%B8%E3%81%AE%E6%BC%94%E8%AA%AC%E5%85%A8%E6%96%87
ここではまず、生活が劇的に変わり「子供が学校や保育所に行けず」、「劇場や映画館、店が閉まっていること」、そして「いつもなら当たり前の触れ合いがなくなっていること」から話が始まっています。「目線が国民と共にあること」がスッと入ってくるのです。そして、次のように述べています。
私はここで、現在のエピデミックの状況、連邦政府および各省庁がわが国のすべての人を守り、経済的、社会的、文化的な損害を押さえるための様々な措置を説明したいと思います。しかし、私は、あなたがた一人一人が必要とされている理由と、一人一人がどのような貢献をできるかについてもお伝えしたいと思います。
つまり、今回の危機に対して必要な措置を持っていることを示すと共に、「国民の貢献」という言葉で「参加することの重要性」がさりげなく提示されているんのです。この演説の中では、治療法もワクチンもまだ存在せず、唯一できることが「ウイルスの拡散スピードを緩和し、数か月にわたって引き延ばすことで時間を稼ぐこと」だと明確にされています。素晴らしい医療システムも感染爆発となったら許容量を超えてしまうことも述べられています。
そして、医療や介護施設で働く人たちに感謝し、経済的に追い込まれている人たち(フリーランサーに至るまで!)にまで思いをはせながら、公的な生活を可能な限り制限することを呼びかけています。
連邦政府と各州が合意した閉鎖措置が、私たちの生活に、そして民主主義的な自己認識にどれだけ厳しく介入するか、私は承知しています。わが連邦共和国ではこうした制限はいまだかつてありませんでした。私は保証します。旅行および移動の自由が苦労して勝ち取った権利であるという私のようなものにとっては、このような制限は絶対的に必要な場合のみ正当化されるものです。そうしたことは民主主義社会において決して軽々しく、一時的であっても決められるべきではありません。しかし、それは今、命を救うために不可欠なのです。
ここには、外出などの制限が歴史的にも厳しいものであることを認識しつつ、国民の命を守るため協力を呼びかける切実さがあります。国民へのケアが最優先されていることを感じずにはいられませんし、この演説を聞いた人々は「リーダーが自分たちに思いを寄せている」という幸福感を持つのではないでしょうか。
「ケアされることの喜び」-今回はそんな曲が入っているアルバムを聴いてみましょう。アル・コーン(ts)の「スタンダーズ・オブ・エクセレンス」です。
アル・コーンは1925年、NY生まれ。ズート・シムズ(ts)との双頭クインテットでの活躍が有名で、ワン・ホーンの作品は少なかったようです。それが70年代半ばにザナドゥ・レーベルでワン・ホーンの「プレイ・イット・ナウ」が制作されたことをきっかけにその魅力が注目されるようになりました。立て続けに制作されることになったうちの一作が「スタンダーズ・オブ・エクセレンス」です。
コーンの特徴は「これぞ男!」とでも言いたくなるような男性的な野太さ。情感をたたえた「渋さ」はジャズファンの中でも玄人が好むのではないでしょうか。
そんなコーンが取り上げた「You Say You Care」はもともとブロードウェイ・ミュージカルで使われたナンバーで、こんな歌詞があります。
You say you care,
And all at once
A million roses pour their perfume on the air
あなたが気にしてくれるなら すぐに百万本のパラが香りを放つ・・・
そんな感覚を持てたらいいですよね。
1983年11月、ハリウッドでの録音。
Al Cohn(ts) Herb Ellis(g) Monty Budwig(b) Jimmie Smith(ds)
①Russian Lullaby
アーヴィング・バーリン作曲。確かにロシアを思わせるような憂いのある旋律です。リズムのテンポは速いのですが、メロディはコーンがじっくり歌い上げ、そのままソロになだれ込みます。苦み走ったような音色はこの急速調に合わないのではと思いますが、逆にリズムに乗って快調に歌い上げるところにベテランのうまさがあります。ハーブ・エリスのソロの後、テナーとドラム、ギターによる小節交換。ここは名人たちによるノリノリでありながら安定感のあるやりとりで円熟味を感じさせてくれます。
④You Say You Care
ジュール・スタイン作曲。まずはベースのバックのみでコーンがメロディを提示します。このスペースがたっぷりある中での温かいテナーが気持ちよい!やがてリズム陣がすべて加わってテナー・ソロへ。コーンは気持ちよさそうに歌っており、ギターと呼びかけあう2分15秒くらいのところなどは息もぴったり。続くエリスのソロはお得意のブルージーな味を全開にしつつ「弾き過ぎない」展開で、これも好ましい。再びコーンのソロに戻りますが、ここでもエリスとの会話のようなやり取りが続き、両者が楽しんでいるのが手に取るように分かります。まさに「互いを思いやっている」かのようなハッピーなナンバーです。
ここまで書いてきて思ったのですが、安倍首相やトランプ大統領に共感を覚えないのは彼らの言葉が「強がり」に聞こえるからです。
根拠もないのに「打ち勝つ」といった言葉を使うよりも、メルケル首相のように医療システムが崩壊するリスクを認めつつ、それでも命を守るために政府も国民もできることがあると呼びかけてもらった方がやる気が出ます。今回はメルケル首相の演説の締めくくりの言葉を引用して終えたいと思います。
たとえ今まで一度もこのようなことを経験したことがなくても、
私たちは、思いやりを持って理性的に行動し、
それによって命を救うことを示さなければなりません。
それは、一人一人例外なく、つまり私たち全員にかかっているのです。
皆様、ご自愛ください、そして愛する人たちを守ってください。
ありがとうございました。