白木秀雄2

「昭和」から私たちはどこまで成熟したのか?

「戦後政治の総決算」を掲げて国鉄の分割・民営化を実現し、原発政策や憲法改正論議にも大きな影響を与えた中曽根康弘元首相が11月29日、亡くなりました。101歳(!)でした。

いま私は50歳で、中曽根氏が首相に就任した1982年当時は13歳でした。ちょうど中学~高校時代に「中曽根時代」を過ごした感覚だと、「賛否両論」あった首相という印象があります。

日本の国土を「不沈空母」と言ったり、戦後の首相として初めて靖国神社に公式参拝したことは大きな議論を呼びました。国鉄の分割民営化も「サービス向上」を歓迎する声があった一方で「国労つぶし」と言われた労働組合員のJR不採用という事態を招き、その後の労働組合弱体化につながったという指摘があります。

しかし、中曽根氏死去を伝える報道はおおむね「礼讃モード」でした。私の見た限り、朝日新聞はさすがに靖国神社参拝や「国労つぶし」をいまも批判する関係者の声を掲載していましたが、テレビは概ね「巨星堕つ」というトーン。「すごい勉強家」「米大統領と対等な関係を築いた」「野党にも配慮していた」という話を延々と繰り返していました。

少年~青年時代にあれほど批判の対象となっていた人があまりにも無批判に「礼讃」されているのはなぜなのだろう?と考えました。

そこで思い当たったのが「いまとの比較」です。知的で、老獪さもあり、時には人の言うことにも耳を傾けながら現実に即してやりたいことを通していく・・・・。あえて名前は挙げませんが、現在とのレベルの差にみな飽き飽きし、かつてのリーダーをやや大げさに理想化しているのではないでしょうか。そこには少し前の「角栄ブーム」のように、発展を続ける社会で多くの「大物」が活躍した「昭和」という時代へのノスタルジーも入っているように思えます。

ジャズの世界でも近年、「昭和ノスタルジー」とも言える復刻が続いています。日本のマイナー・レーベル「スリー・ブラインド・マイス」が廉価版で40タイトル復刻されたり、レコード会社でいちはやく邦人ミュージシャンのLPレコーディングを実施した「キングレコード」の作品が50タイトルもリイシューしたり。

再発する作品がどんどんマイナー化しているという背景はあるのでしょうが、1960~70年代の日本ジャズに光が当てられているのには「あの時代」の熱気に価値を見出す人が多いということがありそうです。

そんな時代の熱気を伝える一枚をご紹介しましょう。白木秀雄クインテットの「白木秀雄プレイズ・ホレス・シルヴァー」です。

この作品の録音は1962年。この年、人気ドラマーだった白木秀雄は来日したホレス・シルヴァー(p)とセッションで共演。その後、渡米して本場のファンキー・ジャズを吸収しました。アメリカでの経験を日本に持ち帰って制作したのが本作ですが、驚くのは完成度の高さです。

複数の曲がシルヴァーの代表作「ブローイン・ザ・ブルース・アウェイ」から選ばれていますが、この作品の録音は1959年8月。そこから3年ほどしか経っていないのに、各メンバーがファンキー・ジャズを理解し、自分のプレイに落とし込んでいるのが分かります。

アレンジはクレジットによるとテナー・サックスの松本英彦とのことですが、当時の日本人の勤勉さがこんなところにも現れているのでしょうか。
1962年9月3~4日録音。トロンボーンはゲスト参加です。

白木秀雄(ds) 松本英彦(ts、fl、arr) 小俣尚也(tp)
世良譲(p) 栗田八郎(b) 福原彰(vtb)

②Sister Sady(※原盤の表記に沿っています)
ホレス・シルヴァーの代表作のひとつ。メロディはホレス作品とほぼ同じアレンジですが、一部にトロンボーンが加わったことで厚みがあります。まず小俣のトランペット・ソロ。力まず切れのいいブロウをしており、既にファンキージャズを消化していることが窺えます。次に福原のトロンボーン。フレーズを伸ばしながらうまく咆哮をおりまぜるプレイに独自のものがあります。そして松本のテナー。出だしは意外に落ち着いていますが、やがてうねりをつけて盛り上げていく彼らしい演奏。続いて世良譲のピアノがホレスらしいラテンが入った快活なプレイで、ホーンのユニゾンへスムーズにつなげていきます。最後のメロディまで一気に聴ける爽快なトラックです。

⑤Preacher
こちらは余裕を持ってバンドがファンキーを楽しんでいるナンバー。マーチ風にも聴こえる楽しいメロディはニューオーリンズで生まれたかのように聴こえます。最初のソロはトランペット。メロディよりはるかにモダンで鋭く切り込むトランペットに対し、ホーン群が絶妙に呼応するのが聴きものです。トロンボーン・ソロに続きテナーの登場。松本英彦はここでバランス感覚を披露しています。最初から細かいフレーズを織り交ぜてブロウしつつ、ホーン群が加わったところでより熱さ増していく。ちゃんと「聴かせどころ」をわきまえた演奏です。ピアノ~ベースのソロを経て、各ホーン楽器・ピアノとドラムがかけあいます。ここでの白木の切れ味はアート・ブレイキーに通じるものがあり、彼らがどん欲にファンキー・ジャズを吸収していたことが分かります。

このほか、リーダーを大きくフューチャーした③Doing The Thing、松本英彦のフルートが冴える⑥Swinging The Samba なども聴きものです。

ジャケット写真ではNYの電話ボックスでシルヴァーと白木が並んでいます。一流ジャズメンと並んでも引けを取らない・・・そんなイメージが当時の日本人に大きなインパクトを与えたことが分かる写真です。

そういえば、中曽根氏も現役総理だったころ、アメリカのレーガン大統領と肩を並べても「絵になる」ことが話題になりました。身長があり、はっきりした顔立ちが欧米人と一緒でも違和感がなく「対等」感があったのです。

欧米人に「並ぶ」ことができただけでニュースになる・・・・そんな昭和的な時代から私たちはどれだけ成熟しているのか。中曽根氏の訃報からいろいろ考えさせられました。


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