ロリスの私的映画レビュー『きさらぎ駅』編
例の如くふと思い出したように、忘れてませんよと取り繕うようにはじめる映画レビュー。
本日は6月3日公開の『きさらぎ駅』のお話。
きさらぎ駅の名前を聞いた読者諸兄姉の中には、やれやれと溜め息をつく方達も多いのではないだろうか。
原典(というのが正しいかはわからないが)は大手ネット掲示板の2ちゃんねる(現5ちゃんねる)内のオカルト板に投稿された都市伝説。
ある女性が乗っている電車がまるで駅に停らないことを不審に思い、掲示板へ書き込み助言を求める。(女性はオカルト板住人の勧めもあって「はすみ」というコテハンで書き込みを行うようになる)
電車はきさらぎ駅という存在しない駅に到着し、「はすみ」はオカルト板の住人へ周囲の状況を実況しながら家へ帰ろうとする。
異常な体験を経た末に駅まで送るという親切な男の車に乗るも、運転する男の様子がおかしいので隙を見て逃げ出そうと思うという書き込みを最後に「はすみ」からの書き込みは途絶える……といったものだ。
ネット都市伝説の中では最も有名な都市伝説の1つであり、初出が20年近く前ということもあって今更感の強い題材ではある。
私自身もさして期待していたわけではなく、何か映画でも観るかとふらりと出掛けて時間が合ったからくらいの動機で観たくらいだ。
原典のきさらぎ駅の知名度は抜群であり、影響を受けたであろう二番煎じ的な怪談や匿名性をいい事にした勝手な続編なんかで既に食傷気味の私にとってこの作品にも目新しい何かが描かれることはないと高を括っていた。
ところが驚くことに本作で描かれる「きさらぎ駅」は非常に斬新な解釈で映像化の持つアドバンテージをフル活用したエンタメ作品となっていた。
この映画は主人公の女子大生、堤春奈が卒業論文の題材に神隠しを選びきさらぎ駅からの唯一の生還者、葉山純子の元を尋ねるところからはじまる。
葉山の口から語られるきさらぎ駅での恐ろしい体験がこの映画の前半に当たる。
この前半で目を惹いたのが一人称視点で展開されるきさらぎ駅の回想だ。
一人称視点のホラー映画といえば昔からあるジャンルとしてPOVホラーが上げられるが、そちらはカメラを回すカメラマンが実際に撮った映像という体であるのに対して本作の一人称視点は実際の葉山の視覚情報という体になっている。
この視覚情報ベースというところがポイントで、葉山はカメラマンでも何でもなく偶然きさらぎ駅に辿り着いたという設定であるため、きさらぎ駅で起きる不可思議な出来事の全てを記録する義務が無い……というより人間の可動域以上の視覚情報を画面に映せない不自由さがあるのだ。
見たいんだけれども見れない、間が悪い、なんかの理由で不気味な雰囲気のみを残して何が何だかわからないまま増え続ける犠牲者。
決定的瞬間を敢えて見せない、見えないという演出は緊迫感を高めており非常に効果的だった。
プロデューサーの上野氏はパンフレット内のインタビューで息子がやっていたFPSゲームから着想を得たと語っているところも現代的で、新しい切り口だと感じた。(世界に目を向ければ一人称視点で撮られたSF映画として『ハードコア』という前例もあり、上野氏はそのタイトルも上げている)
そしてこのFPSモチーフな表現は春奈がきさらぎ駅に行くという映画後半でも活かされている。
葉山の体験談の中からきさらぎ駅へ行くためのルールに気づいた春奈はそのルールに従って自身もきさらぎ駅へ赴く。
そこで葉山の体験ではわからなかったきさらぎ駅の謎を解明していくことになる。
春奈のきさらぎ駅探索は葉山の時とは違って一般的な三人称視点のカット割りのままだ。(この場合は敢えてTPSと言うべきだろうか)
聞いたばかりの葉山のきさらぎ駅体験談という情報アドバンテージを武器に自身もきさらぎ駅からの脱出を試みる……というこのパートがある意味では本編とも言える。
前半ではわからなかったきさらぎ駅の怪異の姿や、見えない部分で起きていた出来事、脱出のルール等の謎に挑んでいく春奈の姿は短くまとめると真剣でありながらもどこかコミカル。
ホラーと笑いは紙一重とはよく言ったもので、本作も前半で起きた数々の恐ろしい出来事が後半でカンニングペーパーを持って乗り込んできた春奈と三人称視点のカット割りによって容赦なく暴かれ、そしてめちゃくちゃに壊される様がとにかく痛快だ。
この同じ舞台に生じる変化が気持ちよく、痛快ド派手な答え合わせをする春奈の姿にどうしても笑いを禁じ得ない。
随所に見えるゲーム的な演出から時代の流れに気づくと共に、Jホラーもまだまだ進化の余地を残しているようにも感じられた。
気温の上昇に比例して、ホラー映画が雨後の筍の如く公開されるこの季節。
生憎まだまだ梅雨真っ盛りではあるが、今年のまだ見ぬホラー映画にも今後のJホラー界にも期待が持てる一作だった。
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